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クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
クリパル・アーユルヴェディック・ヨガ:1day楽しむワークショップとしっかり学べるトレーニング
アーユルヴェーダの本をみながら、ディナチャリヤ(1日の日課)をいそいそと行なっていたのは早20年ほど前。
まだヨガもしていなくて、月1万円のアパートで、すごく寒い冬の朝でも、凍えながらオイルマッサージしてたなぁ。

色々あってヨガを始め、指導するようになって、クリパルセンターに500時間トレーニング(現300時間)で通い始めたのが2006年。
ずっと趣味で続けていたアーユルヴェーダの学部ができて、ヨガトレーニングの中に「アーユルヴェディックヨガ」なるものが紹介され始めた黎明期であったと思う。

その後子供を産み育て、満を持してアーユルヴェーダの基礎トレーニング(200時間)と「アーユルヴェーダとヨガ」のヨガ部門のトレーニングを経て、2015年多分日本で初めての「クリパル・アーユルヴェディックヨガ教師」の認定をいただいて今に至ります。

だから私の指導するプログラムは、日常の普通の過ごし方や日本の家庭料理、目の前にある世界をどうアーユルヴェーダで理解するかなど、普通の人にわかりやすく伝えるものが多いです。 ヨガの流派に関わらず誰にでも取り入れられるアーユルヴェディックヨガと、そこでの体験から気づきを促すクリパルヨガをベースにした「クリパル・アーユルベディック・ヨガ教師」それが私の認定の範囲であり、医療従事者や大学の修士課程を終えたアカデミックな方々とは、そもそも付いているテーブルが違います。

たとえば。最近好評の1dayワークショップでは、こんなことをします。

・季節にあわせたアーユルヴェディック・ヨガ(こちらは春向け)
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・インド&ベジ料理人(ajna cafe中村千恵子ちゃん)にお願いして作ってもらうスペシャル・アーユルヴェーダ・ランチ
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・瞑想
・呼吸法
・シェアリング
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わりと気楽に、初心者から体験者まで、セルフケアの目的も兼ねて参加できる内容になっています。
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(春カパ編の参加者の一部と。夏ピッタ編は2019年8/25(日)予定です。詳細はクリパルジャパンHPへ)

これと比較すると、「トレーニング」レベルでは、良い意味の緊張感や情報量が増え、より濃い時間になります。

アーユルヴェディックヨガを教えるためのトレーニングは、300時間モジュール「ヨガとアーユルヴェーダ」です。
昨年、その指導のため来日してくれたラリサは、私と比較するのも申し訳ないですが、ずっとアカデミックで、アーユルヴェーダは1000時間程度学んでいますし、最近大学の修士か博士、どちらかを卒業した、とも聞きました。
ラリサは、とても熱心なヨガプラクティショナーなので、非常に深い体験と理解をもって、ヨガ、そしてアーユルヴェーダを指導しています。
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(ラリサ・ホール・カールソン:FBインスタなどSNSやアメリカ版ヨガジャーナルでは有名)

彼女がまた、2019年10月に同プログラムで来日するにあたって、クリパルヨガ教師以外の、様々なヨガを指導しているインストラクターの方達にも、アーユルヴェーダに興味があったり、自分のクラスに特徴や特別なテーマ、手法を加えたいと考えている人に、ぜひ彼女から直接学ぶ機会をと思います。

300時間クリパルヨガ教師トレーニングは、RYS200修了済みの方を対象に、10日間(75時間)で一つのテーマを集中して体験し、学び、必須モジュール2つと選択モジュール2つを終了すると、500時間クリパヨガ教師の認定が受けられます。
「ヨガとアーユルヴェーダ」は選択モジュールで、特に500時間の認定を必要としない方には、単独で受講することも可能です。
詳しくはこちらへどうぞ。 
300時間クリパルヨガ教師トレーニング


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Posted by 三浦まきこ
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[アーユルヴェーダ
限界まで行けば、だいじょうぶになる、ということ
昨日83歳の東大同級生同士が、蕎麦屋で飲んでる席に隣り合わせとなり、短い時間だけど、一緒に過ごした。

「今の人たちは無茶しないでしょ」

「僕たちの世代はメチャクチャな人ばっかり」

確かに、銀座線で酔っ払って寝ちゃったらカード取られて、200万も使われちゃったとか、相模湖駅でハッと気付いたけど終電に飛び乗るのに失敗してひきづられて怪我した上で、通りすがりのトラックの運転手さんに「喧嘩じゃないです」と傷の説明をしながら、新宿まで乗せて行ってもらったとか。

本気で笑わせて頂いた。

相方の方は、30万部売れた本を書いて、今も青春時代を思い出しながら小説を書いてるって。

二人とも、とってもかっこいい大人だった。
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帰りの電車で、ヨガを仕事にする人生の転機にサポートしてくれた恩人を思い出した。
生きていたら、同じくらいの年齢じゃないかなと。

最近、クリパルヨガという流派や夫、敏郎の存在があることで、自分が守られていたことをしみじみ感じていたのだ。

私は時々、自分の限界を試すような何かに飛び込む節があるのだが、最近新しいことを始めようとしているのも、それにあたると気づき始めていた。

来年始まるマタニティヨガTTのマニュアル用の撮影のために、モデルさんを手配して、撮影するポーズ、構図を決めて、カメラマンと打ち合わせしながらビジュアルを作るのを、気づけば一人でやるとなって、想定を超えて大変だった。撮影までの数日、リラックスできたはずの場所がそうでなくなる、止めた車の場所がわからなくなる〜って夢をたくさん見た。

でもその4−5時間に及ぶ撮影に集中して、限界まで疲れきったことが、流れを変えた。

ほんと疲れた、
もう限界だーと

体でも、心でもしっかり感じたら、
ああ、こういうこと前もあった!って、ありありと思い出したのだ。

あの時は夫が助けてくれたんだ、あれがなければ、夫婦になってなかったかもしれない。

そう持って振り返ると、究極のピンチは、人生がぐるっと変わるチャンスでもあったなと。
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なんとかくぐり抜けてきて今、こうして普通に生きていることを思ったら、だいじょうぶ!なんとかなるって(笑

そこから、ぐんぐん運気も上昇しているのを感じる。

会いたい人に会えて
行きたいところに行けて

未来のために

過去をよく振り返ることができて


今日の満月、春分を明るい気持ちで迎えられて良かった。

20代のときも

30代の時も

私なりに「限界!」まで行ったことがあって、よかった。

そこで支えてくれた人たち、動物たちの愛に、心から感謝🙏


そういえば、200万取られちゃったことを奥様は全く責めなかったんだそう。

人は支える側と、支えてもらえる側ではなくて、本当に支えあって生きて行く生き物なのかもしれない。

Posted by 三浦まきこ
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[Diary暮らしのしおり
2019年、新旧ともども
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくどうぞ、お願い申し上げます。
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年末年始、おせちを詰めたり食べたりしながら、聞いたことはあったけど、自分にとっては未知だった様々な「新しいもの」に触れました。

今更ですが
米津玄師さん、こういう曲と世界観のある詩が書ける若者が、また出てきたんだなぁと、すごい才能だと思う。


それからおっさんずラブ💓も。イメージと、実際にドラマ見て感じたものにギャップがある。扱ってるテーマが偏ってみえても、実際はとても普遍的、かつ面白い、純愛、人間愛、笑いがある、という高品質。このまま、映画も見る勢いです。

そしてもう一つ、過去を振り返るようなことも多くありました。最近は年末ってそういうタイミングになりつつあるんですかね。

ピンクレディが、昔と同じ衣装と振り付けで、還暦過ぎてるのを物ともせずに、むしろパワフルに、質の落ちないパフォーマンスを!というプロの意識が、ただ若さがあるだけの頃より、今の彼女たちをもっと、強くかっこよくしていることにしびれました。

明らかに米津玄師のパフォーマンスとは時代が違うし、何を見せようとしてるのか、という価値観も違う。
新旧それぞれの、良さというか、味をかみしめるというのは、なんとも世界が広がる気持ちになるのです。

おっさんずラブをみてても、昔陶芸をやってた頃、身近にいたゲイの友達のことを何度も思い出した。当時は、全然イメージがわかなくて、いろいろ聞いたけど、なかなかどういうことなのか、わかれなかったなぁと。
でも、今このドラマみて、生殖に繋がらない恋愛の精神性を感じた。今更だけど、その彼が云わんとしていたことは、そういうことだったのかな、って。過去にわからなかったことが、今の自分に、今風なものをちゃんと感じることで、前より少しは、わかるように思えるのは、年を重ねても、なんだか新しい喜びだと思う。



振り返ると今年の正月は、今までの記憶の中でも、かなり「しっかり休んだ」気がする。

仕事や義務意識から離れて、いろんな世界に目を向けて、そこで感じていることをただ味わっているって、意外となかった。
すぐに結論や解釈をしようとせず、ただ興味の赴くままに見て、感じてるだけなのに、自然と新旧が繋がって理解が深まるのは、なんともおもしろい。


そういう時間を過ごすと改めて思う。

なんであれ、やっぱり、目の前にあるもの、今していることに集中し、
見返りを求めず、やり切るという「カルマヨガ」的行為は、理想と現実を繋ぐ架け橋のようだ。

現実に起きてるけれど、不本意なことを、

本当に自分が望む方向へ動かすためには

手を動かし、体で感じて、頭で理屈をつけず、ちゃんとそこに居ることは、

重要な必須のプロセスだと思う。


今年もたぶん忙しく、タフなことも多くありそうだけど、

私は手を動かし、体を動かし、感じていることから離れず、一心にやる、という

古臭いように思える方法を続けていくと思う。


だから、今年のNew Year's Resolushionは、「楽しむこと」

何をするにしても、どんなにタフな時でも、

それを楽しむことに全力を尽くすことが今年の決意です。
Posted by 三浦まきこ
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[Diary暮らしのしおり
ヴァータの乱れと日日の調整の方法
心もとない

意味を調べると、「頼りなく不安である様」とある。

昨日映画「ファンタスティックビースト2」を息子と見に出かけて、師走のざわざわとしたモールに1日いたら、ものすごく疲れ、そして「心もとなく」なった。
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(この子は猫っぽいけど、すごいスピードで走る中国の伝説の生き物。)

アーユルヴェーダにその仕組みを求めると

見た映画はアクションファンタジー、空を飛んだり、爆発したり刺激がある。また今作は登場人物たちの心の不安定さや所属感のなさ、人の心の弱さがクローズアップされていた。

ファンタジーと空を飛ぶのはヴァータを、アクション、爆発、刺激はピッタを増やす。
不安や所属感のなさなどの心理はヴァータ。そして彼らを支配しようとする側はピッタ。

モールという場所も、何が落ち着かなくさせるか、よく見てみたら、大勢の人が様々なペースで、予測不能にいろんな方向に動くからなんだな、と思った。これもヴァータ増大。
各店舗が打ち出す広告的メッセージは、まるで止まらないテレビを見ているようで、次から次へとくる情報=ヴァータ。

冬は、ヴァータ(風と空)の季節で、自然界にヴァータが増える。
本来なら、無意識にバランスを取ろうとするはずなのに、意外とLike incresases like つまり、ヴァータを多く体験するところへ行く選択をしがち。

この1ヶ月ほど、夫の長期出張やイレギュラーな仕事の仕方が続いているのも、ヴァータ蓄積を手伝ったのかもしれない。
ーーーーー

ではどうやって、ヴァータを整えるのか、というと…

ヴァータの質(グナ)の対となる質を増やせば良い、というのが、アーユルヴェーダのとてもシンプルな教え。

不安定には安定を。不規則には、規則性を。
冷たい質には温かい質を、乾燥には湿り気、潤いを。
ざわざわには静けさを。

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私はヨガや瞑想をする以外に、冬、ヴァータが増える時期には、積極的に歩くようにしている。

心もとなかった今朝も、家を出て、外を歩くことにした。
自然に近いところに住んでいるのだから、環境を有効に使わねばもったいない。

雨が上がって、気温も少し上昇。

体を温めるとか、音楽を聴くとか、目的をつくって歩くのはやめたほうがいいなと思った。

もちろん買い物をするためでも、どこかへ行くためでもない。

むしろ、単純に「これは日課だ」と思ってただ、歩く。


すると、不思議だ。心もとなさが少し和らいだ。


小さなエネルギーシフトが意識を変える。


周りの世界が美しく光っているのに注意が向く。

雨上がりの雫。
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水蒸気を含んだ雲。

湿り気を含んだ空気を吸い込む。

足を動かすのは、ヴァータの乱れにはとてもよい。
大腸がヴァータの主座で、腰、足はヴァータの位置だから。

湿り気、水の要素と、足で踏む土(地面)の要素は、ヴァータをバランスし、
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規則的に、競争することなく動くことで得られる火は、ヴァータには必要な要素。

日日の暮らしの中に、アーユルヴェーダは、とても自然に活かすことができる。
食べ物、ハーブ、スパイスだけがアーユルヴェーダじゃないんだよ、と思う。

そしてヨガにこのアーユルヴェーダの智慧を統合したのが、「クリパル・アーユルヴェディック・ヨガ」

毎週金曜10時50分〜のクラスの他、2019年2月24日(日)には1日ワークショップで自分の心身の変化を体験できます。

詳細はこちらから
クリパル・アーユルヴェディック・ヨガの1日〜瞑想&特製ベジランチ付!

単発クラス「クリパル・アーユルヴェディック・ヨガ」

興味のある方はぜひどうぞ。初心者も歓迎です♡
Posted by 三浦まきこ
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[アーユルヴェーダ
Maha Guna と Anne Series
今、「赤毛のアンで英語づけ」を読んでいる。

脳科学者の茂木健一郎さんが書いた本で、私はもともとアンシリーズのファン。
クリパルヨガやアーユルヴェーダ、PRYTヨガセラピーを学ぶ上で、英語を感じられるように理解したい、と思っている私には、この本はとっても面白かった。

だがそれ以上に、全く別だと思っていたアンの世界にも、ヨガやアーユルヴェーダと同じテーマが流れている?!と、ぞくっとする体験をした。

それは、アンが恋人となったギルバートに宛てた手紙「Anne of Windy Willows(アンの幸福)」の一文で、dusk(夕暮れ時)はtwilightよりいい、とアンが語り始めるシーン。

「In daylight I belong to the world...in the night to sleep and eternity.

But in the dusk, I'm free from both and belong only to myself...and you.」

昼間は私は世界に属し、夜は眠りと永遠に属しています。
でも、夕暮れは、私はそのどちらからも自由で、私自身と、そしてあなたのものです。(拙訳)

この文章を、今このタイミングで読むと、

アーユルヴェーダやクリパルヨガ教師トレーニング(YTT)で話したマハ・グナを想起せずにはいられませんでした。
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マハ・グナは…

サットヴァ:純質 調和、バランス、平和、安らかさ
ラジャス:激質 動き、刺激、カオス
タマス:暗質 不活性、暗闇、怠慢、無気力

世界を維持する3つの質のことで、種と発芽成長と開花や月の満ち欠け、

そして、朝夕、昼間、夜にも同じように例えられる。

アンのこの一文は、それを暗示するような文章に読めるのだ。


昼間(ラジャス)は世界に:普通の世界に生きて活動している


夜(タマス)は眠りと永遠に:眠りはタマスそのもの。そして、Eternity 永遠は、不活性、不変なものを暗示する。


そして、dusk 夕暮れは、サットヴァ。私自身と愛に目覚めている。
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なんて美しく、語られているのだろう。
そして、もしかしたらアン、(いや実際には作者のモンゴメリ)が、同じような質を感じて、daylight, night, duskを感じていたのではないか、というロマンを感じてしまう。

今度講義でマハグナを語るときに、ぜひ例の1つに加えたい。
とっても美しいこのアンの表現を。

YTT中に見た、日の出前の空(上の写真)は、本当に美しく、清浄で,儚かった。

一つ付け足すなら、クリパルヨガは儚く、消えやすいサットヴァの質を増やすことをヨガ実践の目的の一つとしています。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
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