クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
10th Aniversary:子供の誕生日&お産記念日
息子の出産の予定日は、2008年3月21日。

当時、第一回クリパルヨガ教師トレーニング(YTT)のアシストをしていて、予定日が卒業式と同日かなにかで…「遅れて生まれてきてー」とずっとお腹の赤ちゃんに話しかけていたせいか、

それを過ぎても一向に生まれず。

自宅出産を希望していた私は、「今日生まれなければ、病院行き」というギリギリの4/1の朝、陣痛を迎えた。

今思うと懐かしい。
助産院までドライブして、帰りにラティスの材料を買い込んだ(陣痛来てるのに(笑:このラティスもそろそろ10年か)

生まれたのは、4/2になったばかりの0:08
目の前にある和室で子供を産んだ。
私にとってはお産の記念日だ。

10歳の少年は、まだ「お母さん大好きー」なところもあるが、随分「自分」を持ちつつある。
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普段しごとで留守がちの夫も、誕生日くらいは一緒に過ごそうと、キャンプは手間がかかりすぎるから、ちょっと楽できるウッドキャビンを押さえた。富士山の麓、西湖に面した自然豊かな場所。

夫には前妻との間に娘がいて、すでに孫もいるので、みんないっしょに、
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Extended(拡大)Family で出かけた。



子供の喜びそうなことを一緒にするには、体力がいる
無邪気さ、そして好奇心。

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花粉症のため、できるだけ室内ですごしてたけれど、
この3日間は、ほぼ太陽の下。

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水の上なら、とマスク取ってたり。

さすがに3日間、花粉に晒されたら、3日目の午後には発熱、もう無理ーな状況になりましたが、

やっぱり出かけてよかったと思う。

森の中、湖への道を
すごい勢いでグングン進みゆく10歳の息子くん。

今年はどんな年にしたい?と聞いたら
「楽しい年にしたい」って。

子供がいなかったらきっと、静かでのんびりしたペースで、冒険もせず、ぬくぬく暮らしてただろう。

それはそれで、一つの生き方。

子供がいたって、もちろん、そういう時間も欲しい。
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でも、体調悪くなるのがわかっていても外に出て、自転車に乗って、馬にあって、森を探検して、ボートに乗るなんてことは、多分子供がいなければしない。(私は)

普段の自分なら、しないことを体験することは、ギフトだと思う。

子供の目や感性にふれて
いっしょに冒険できるという、新鮮な楽しみ。



お祝いの時間が終わって、
静かな時間が戻ってきた。
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朝ごはんに、コーヒーと苺と手作りの豆乳ヨーグルトを食べる。
これもまた、極楽。
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[Relationship夫と子供との暮らし
インド、リシケシ <家族旅行編>
ニューデリーに着いたのが月曜、火曜にリシケシに移動して、最初の一週間が過ぎようとしてる。
時間の感覚が、いつもの数倍長く感じる。

昨日の午前中までは家族3人まとまって行動してた。
子供がいると、親切にしてもらえるよ、と以前インドに来たときに聞いたが、本当にそうだった。
あちこちで「一緒に写真撮ろう!」と誘われて、息子は人気者。特にインド人にとっても一大観光スポットらしい「ラクシュマンジューラ橋」が絶好の撮影ポイントみたい。
私も数回、そういうのがあって、徐々にウィンクしたりして、サービス精神旺盛になりました(笑

街全体がベジタリアンなので、私たちにとっては食べ物には困らず、むしろ楽園💓
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宿の近くだったリトルブッダや、定食屋(ターリーというカレー3種、米、チャパティ3枚で70ルピー(140円くらい))によく行った。
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こちらは朝食のなんだったかなー、すごく安いやつ(40ルピー、80円くらい)
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これはなんだっけー??南インドのやつです。140ルピーだったかな。


今思うと、ストレスだったのは…

◎常に寄ってくる客引き(@ニューデリー)
夫にしか声をかけないけど、常に誰かついてきてしつこくトゥクトゥクにさそうのはもう、げんなり。
出歩くのが嫌になりホテルで夕食とったら高かったー
それに比べるとリシケシの街は、普通に歩いていられるので、ずいぶん過ごしやすかった。

◎鳴り止まないクラクションの嵐、工事の騒音、インド人の大声 
初日の晩は、10時半まで工事してて、翌朝6時に再開。こちらの工事は、人力なんですね。。。ある意味すごいなと思う。
あと、選挙にこの地域出身の人が勝ったらしくて、その祝いのバイクのパレードもすごかった。暴走族顔負けの集団に、警察が混ざってる(笑

◎買い物しようとすると、ほぼふっかけられる 
一度薬局の親父と喧嘩になり夫に助け舟を出してもらった。封を切った商品を売りつけられそうになって、腹が立ってあつくなってしまった。あとで、ちょっと反省した。

だんだんと、ここがどんなところなのか見ているうちに、この環境の中では、外国人がお金を落としていくのは、ある意味仕方ない事かな、と思い始めた。インド人向けの価格に比べたら高い金額も、日本での貨幣価値に照らしたら、高くないのが現実なんだ。 平等に扱ってほしいと求めても、もともと不平等なところから私たちはインドを訪れてるんだし、と。 あまりムキになって値切るのはやめたけど、なんというか、程度の問題というのもあると思う。

最もショッキングだった光景は、
◎道が滝になる位の大雨

後で気づいたけど、雨が降ると、人や動物(牛、猿、犬、たまに猫)の糞やゴミが、すべてまぜこぜになる。
そのまぜこぜの水に足がつかり、下半身はビショビショになる。
夫と子供を送り出した日は、一番雨が激しい日で、食堂の奥からわざわざ生ゴミのバケツを持ってきて、道に流してる現場を目撃。
衝撃だった。。。川下(坂の下)の方のことは、気にしないというか、自分のことしか考えてなくない?と思っちゃうよなぁ。

そういうお国柄なのに、ヨガや瞑想の発祥地でもあるインド。

毎朝ヨガクラスへ通わせてもらって@ヴィヴェーカナンダヨガセンター
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ヨガしていて思った。

インドの貧富、身分の差、清濁が目の前で混ざり合っている環境の中で、自分の心を安定させたり、健康な体を保ったり、何のために生きているのかという精神性を保つには、やっぱりヨガが必要だったんじゃないだろうか。

少し静かなラムジューラ橋の方へ散歩した時、みんなでガンジス川に入った。
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冷たくて、鋭く、濁ってるのに臭いがしない、一瞬ですべてを流して行ってしまう川。
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この年で来て良かった、若い頃着ていたら帰りそびれてしまいそうだと夫が話していたのを思い出す。

昨日家族は先に帰国の途につき、ひとりになった。
 
一人になって思ったことはまた別の時に書こう。
Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
8月6日の星野源
クリパルヨガ仲間の陽子ちゃんのFacebook投稿↓ を読んで


ついこの間、8歳の息子と散歩していた時のことを思い出した。

私のしているヘアバンドが変だからとったほうがいいとか、夜遅くなるとお母さんが心配だ、とか…言うついでに、「お母さんは、ぼくのおかあさんなんだけど、時々妹みたいに思えるんだ。年上なんだけど、お姉ちゃんじゃないんだ」と言われて、

衝撃だった。



いや、どうしてこうなったか、想像はつく。



いつ頃からか、私は、子供に「こういう風に見せよう」と思うのをやめた。

だから、子供の前でも、悲しいことがあれば泣く。

嬉しいことがあれば喜び、楽しいことがあれば笑うけれど、腹立たしいことがあれば怒るし、つまらなければそう言う。

子供は私がいつ生理か知っているし、今イライラしているかどうかも、知ってる。

丸わかり親子だ。



最初は、できるだけ「いいお母さん」でいたいと思ってがんばったけれど、それはどうひっくり返しても私ではなかった。

そして気付いた。

子供は、わたしがどうであっても、好きでいてくれている。

そのつながりあいを、信頼できるようになってから、私は息子に随分と甘えさせてもらっているような気がした。

息子はまだ8歳なのに、子供らしくいることが、できないでいるのかもしれない。

そしたら、申し訳なくなった。

小さい頃私も、「お母さんを助けなくちゃ」と思っていた。

うちの母は、辛いとか悲しいとか、口にする人ではなかったけれど、なんとなく分かっちゃうから

なんとかしなくちゃって、歯を食いしばっていたことがあった。

自分の子にも、同じ思いをさせてるな、と思わないではいられなかった。



「頼りなくてごめんね。ゆるしてね。」

「でも、いつも助けてくれてありがとう。 大好きだよ。」と今日、息子に伝えたら

一言、「うん」とだけいって、ちょっと照れくさそうに、一緒にやってたトランプを片付けてくれた。





今日は8/6で、毎年どう過ごそうかって思う日だ。

今年は子供がずっと行きたがっていたカラオケに行くことにした。田舎なんで、車で30分くらい行かないと、カラオケもないんです。

二人で歌って、帰ってきたら、息子がこの歌を口ずさんでいた。




「世界は ひとつじゃない

ああ そのまま ばらばらのまま

ぼくらは ひとつになれない

そのまま どこかにいこう


世界は ひとつじゃない

ああ そのまま 重なりあって

ぼくらは ひとつになれない

そのまま どこかにいこう」




そう、ひとつになんてなれない。

でも、それでいいのだ。

そのままでいいから、お互いを助け合って、毎日を生きていこう。


もし、これからの人生で、とても悲しいことや辛いこと、怒りや苦しみがあったとしても、

いつも誰かと関わり合って、生きていってほしい。

それがお母さんの願いです。




あ、そういえば、この歌…

「お母さん、外に聞こえる!」って、超恥ずかしそうに

この暑いのに窓を全部閉めて回られた時

私が熱唱してた歌だね(笑)




Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
無目的な遊び
小2の息子が気怠そうにしてる。

「毎日、忙しい」「今日は〇〇、明日は××。土曜は△△で、日曜は■■でしょ」「宿題は計算プリントと漢字と、あとは音読。はぁ〜(ため息)」

これに、「お母さん、生理来た?予定日昨日って言ってたよ。まだなの?」と続く。

おいおい、まだ8歳だぞ。
もうすでに、いつまでに何をして、予定はこうで・・・に頭の中が、がんじがらめになってるみたい。
「To Do」で一杯になってるんだよね。
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昨日の瞑想でのこと。
私を入れて13人が集まって、割と大きなグループ瞑想になりました。
終わってみてのシェアでこんな声が。

「何もしようとしないで、普通に呼吸するのが難しい。ああして、こうして、出来た、出来てない、それならこうしよう、ってすることがある方が楽」

わかるよー。楽っていうか、それに慣れていっちゃうんだろうな、と思う。うちの息子みたいに。

そして、そればっかりになると疲れちゃう。慣れ過ぎると、それ以外の「居方」がわからなくなっちゃう。
瞑想にだんだん人が集まってきているのも、「ただ居る」「Being」を練習したいからなんだと思う。
することがいっぱいの人生のなかで、ほんの一瞬でも「ただ自分自身でいる」時間を作りたいから。

・・・ということで、今日の予定は「空っぽ」に変更!
時間を気にせず、のんびりサンドイッチを作って食べて、外で友達が遊び始めたら、それに混ざって走り回ってる。

無目的に遊ぶことが、子どもにはきっと、勉強や習い事や決められたことをする以上に、必要なんだと思う。
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それにしても、子どもは元気を取り戻すのが早い。
切り替え方、ちょっとした息抜きの仕方を子どもから教えてもらっているよう。

かくいう私も息子と同じように、いつまでに何をして・・・で一杯になることがあります。
母子とも、基本的には「自己制御」が効いてるほうなのかもしれない。

だから、少し緩めに、おおらかに(適当に)くらいがちょうどいいのかも、と最近思ってます。

でもね、自分の仕事に関しては「あーよかった」で終わるのは、どうも不安みたい。よかったって思う所もあっていいし、それを受け止めて味わうのもいいのだけど、「もっと良くするには、なにができるだろう?」って気持ち、謙虚さや探究心は持ち続けたいし、どうもそれが楽しいみたい。

今している、クリパルヨガやPRYTセラピーのワークは、私にとっては何よりもワクワクするとっておきの「遊び」なのかもしれません。そしてそれが、誰かの毎日を豊かにする助けになったら最高。


Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
看病してました。
3月に入りましたが、2月末からのこの一週間がすっぽり抜け落ちたような感じがしてます。

先週末、子どもの一ヶ月早い誕生祝いに!と初USJ行きの計画を立て、名古屋の実家に向かいました
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実家の父の75歳の誕生祝いしたり、楽しみにしてたんだけど。
食事してるあたりから、発熱してどんどん熱があがり、初インフルエンザでした。

異常な下がらない高熱、処方された薬を服用後の意識状態の普通じゃなさ、嘔吐。
子どもがどうなっても、自分はずっと一緒にいるしかなく、始終心配するしかなく、何もしてやれない。
遊ぶつもりだったので、仕事するPCも持ってきてないし、実家で寝て起きて食べてるだけで、そんな風にしか居られなかった時のことをどんどん思い出しました。

母の用意してくれたご飯を食べていたら、陶芸教室でバイトしてた頃作ったタタラの皿がまだ使われてた。
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20年前くらいに、ロクロを置いて住んでたネズミの出るアパートのことを思い出した。(ネズミ以外にも色々出た・・・)

こんこんと寝る子どもの隣で読んだ「蘇る変態」
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源くんに一瞬でも笑わせてもらったし、重篤な病気から蘇った人が「ここは楽しい地獄だ」って明るく歌うのを聞いて、そんなもんダーなんて納得してみたり。

「現実の生活は、何も起こらないように見えて常に様々な要素が混在している。普通に人だって怒りながら涙が出て、そんな自分にちょっと笑ってしまったり、いろいろと矛盾して混沌として感情をいつも抱えながら真顔で過ごしている。」
こんな文章読むと、今取り組んでいるPRYTセッションでの体験が思い出されたりして、心の中で感じていることにどんどんフォーカスが行ってしまった。

自分の無力さに、鬱憤が溜まり、私も気が病んでエッジでした。

しかし、それでも生活は続くとはよく言ったもので。
本当に、少し良くなってはまた悪くなるのを何回か繰り返しつつ、相変わらず私は微妙に発症せず、今日は子どもと2人で「天然酵母パンとスープの店 トゥルシー」へ行けるまで回復。
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自分が病気になるのとはまた別の、しんどさや、やるせなさを感じました。

でも、ホントにとてもここにかけないくらい、地獄のような状態だった子どもの顔を濡れたタオルで拭いた時、目を開けて、「お母ちゃん」と言ってニッと笑ったあの笑顔は、きっとずっと忘れない。

人が必死で生きようとしてる時、何ができるわけでなくても、側にいる誰かの存在は、無駄ではないと思いたい。
Posted by 三浦まきこ
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