クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
ヨガが仕事になるまでのあれこれー上京、そしてインドへ
前回、ヨガを始めた頃のことを書いたのが5年も前で、、、なにやってるんだか。

続きをちゃんと書いておこうと思います。


1999年の年末、上京して住むところと仕事が、ギリギリのタイミングで決まりました。
年が明けてすぐ、猫と一緒に上京。当時29歳、30を迎える年でした。
目黒の外資系企業で貿易事務の仕事につき、どこかバブルの匂いが残った会社の同僚や先輩たちと、そのうち仲良くなって、週に三日くらいは美味しいものを食べて酔っ払って帰ってくる生活(笑

お金もいっぱい稼いで、いっぱい使ってました。
でも、満たされない。人生のパートナーと呼べる人が居なくて、不安だったし、
この先どうしていけば、心から「しあわせだなー」って感じられるのだろうかと、悶々と考えるように。

実際、見ないように、不感症みたいに感じないようにしてたけど、いつも不安で怖くて、言いたいことが言えなくて、時々過呼吸で救急車のお世話になったり、胃潰瘍になったり。 

会社(というか上司)から仕事内容の変更を一方的に命じられたことをきっかけに、転職した。
その転職先で日本人離れした人に出会った。

古い体質のクソ面白くない商社だったが、一風変わった、でも周りから一目二目置かれている外部から来た偉い人がいた。
流れでその人が社長を務める子会社に務めることになったのだが、ただの派遣の30代女性ではなく、一人の人間として、やる気や可能性をみてくれて、私は社員にしてもらい、営業の仕事も兼務し始めた。 今思えば無謀にも思える英断で、周りに反対派が多かったのは、無理もないと思う。

お世話になった社長に恩返ししなくちゃ、と思っていた矢先…結局わたしは、会社を辞めてインドに行く、というまた突飛な決断をするわけです。


背景には、ヨガブームの再来があった。
マドンナがヨガを始めスティングが瞑想を始め、NY風のお洒落なヨガが逆輸入され始めた。

当時、できるだけ自由に、幸せな自分を思い描いてみようとした時に、ただ、「自分にとってきもちのいい空間を作り、そこにいられればいい」と感じたのを軸に、将来自営で暮らしていくことを模索してた。

最初は、当時流行っていた「ゲルマニウム温浴」のお店をやろうと思ってた。ぶくぶくと泡立つお湯と、ゆったりした空間、デトックス〜みたいな雰囲気はヨガにも通じてるのかも。その資金稼ぎのために、ヨガの講師なら役に立つだろうと、養成講座を受けた。
今思えばすごく簡易なプログラムだったけど、その課題でヨガクラスをやってみた時、えも言われぬ「心沸き立つ喜び」みたいなものを感じたのです。これは名古屋で、悩み苦しんでる人を抱えきれないと感じた時とは、全く違う感覚だった。

クラスの告知のためにブログを始めて、その時知り合ったヨガ通の友人に「クリパルヨガ」「シバナンダヨガ」が合ってるんじゃない?と勧められ、クリパルヨガを三浦徒志郎氏に習い始め、シバナンダヨガTTを受けた人にも会ってみたりした。

しばらく会社に内緒で、休みの日や仕事の後にヨガクラス「muku yoga」を主宰してた。
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なつかしいなー、mukuのロゴ。友人の知り合いに作ってもらいました。
無垢と無、空、そして、ムクっと自発的に進んでいくイメージを重ねた屋号。
当時から(株)クリパルジャパンと統合するまでのブログ→ http://mukuyoga.exblog.jp/i7/

奇しくも、バックにヨガブーム。だから、小さなクラスはすぐに満員になり、自然と「予約の取れないヨガ教室」になった。仕組んだのではない。

ヨガは数年やっていて哲学的な知識はそれなりにあるつもりだったことと(今思えば、あくまでも机上の知識なんだけどね)、ヨガを求めてくれる人がいたこと、それに、「自分のきもちのいい空間を作る」という自分の幸せの形にあっていたいたことから、ヨガを仕事にしよう、という気持ちが固まった。

どうせやるなら、ちゃんと認定をとろう。

そのためにインドへ。
img_0.jpeg
(印度にて、なつかしー::)

ものすごく迷惑もかけ、お世話になった社長は、「あなたのやりたいように、やってみなさい」とそのまま送り出してくださった。
社長には今も、感謝の言葉しかない。

クリパルヨガは、ステージ1を終えたところだった。
ヨガの伝統の発祥地を選んだというよりは、クリパルヨガで自分の内側をシェアするのがその時はまだ怖かったから、中で起きてることを誰にも言わずに黙々と修行すればよさそうなシバナンダを選んだ、というのが本音です。

古いブログを見つけました。シバナンダTTのことなど書いてます→https://blogs.yahoo.co.jp/muku_yoga
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Posted by 三浦まきこ
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[Profileはじめまして
ヨガが仕事になるまでのあれこれーヨガを始めた頃のこと
私がヨガをはじめたのは、心も体も、バランスを崩している時期でした。
そういうヨガ教師って、結構多いみたいですね。

ずっと地元の名古屋で暮らしていて、高校、大学、就職と大きなトラブルもなく進んでいたのが、失恋をきっかけにバランスを崩し始めて、会社を辞めて、しばらく家に篭っている時期でした。
しばらく何もしないでいたけれど、夜は眠れないし、自分が壊れていく感じがして、怖かった。かといって、人間はそう簡単には死なない、って分かったときに、何かしようと思いついたのがヨガでした。

恐る恐る市内のヨガ教室に行ってみたら、そこのアルバムに、しばらく会っていない同級生の写真がありました。
「彼女がいたことがある教室なら、大丈夫だろう」そう思って、通い始めました。

そうそう、その彼女と最近再会して、今度一緒に名古屋でヨガを受けます・・・縁ですねぇ。

その頃のヨガは、マットはなくて、畳の上でタオルを敷いて行うスタイルで、動きもとてもジェントルなものでした。
立ちポーズはなかったんじゃないかなぁ。。。アライメントなんて言葉も、聞いたこともなかったし。代わりに先生に、気で、部屋の端まで飛ばされたことがあります(笑)ね、気ってあるでしょ?って。たしかに、一発で納得しました(笑)

同じくらいの年齢の人は少なくて、その頃の私と同様、どこか生きづらくて、困っている人がそっと通ってきてました。ヨガすると、何も考えないで頭を休められることが、わたしにはなによりの助けで。瞑想で明るい光を使われていたのですが、その感覚が気持ちよくて、週に一度か二度、通い続けました。

そのうち、陶芸教室でバイトを始めたり、お店のお抱えシンガーを目指したり、英語で仕事できるようになるために通関士の資格を取ったり、いいことばかりじゃないですが、何か始めて失敗してって繰り返せるくらいになってきて、ここから、生き直そうとして必死だったんだと思います。

一方で、ヨガ教室に長く通うようになると、だんだんと、生徒兼、スタッフみたいに先生の手伝いもし始めて、それに伴って気になることも出てきました。

その頃私にとってはヨガは、なんというか、精神世界に純粋に存在すべきもので、お金の話をすごく嫌っていました。それと、宗教との関係・・・先生=神様みたいに扱われることに、違和感を感じていて、どう接したらいいのかなってよく考えていました。オウム事件があったのも、この頃です。教室に警官がきて、オウムとの関係がないか、と聞かれたことがあります。自分がヨガしてるなんて、とても友達には言えなかったですね〜。

先生や先輩から、教えてみないか?とお話を受けたのは、数年経った頃です。
あなたみたいな若い人でヨガをする人はあまりいないから、教えることもしてほしい、ということで・・・。

はじめてのティーチングはその時なのですが、ティーチングなんて言うのも申し訳ないような・・・すべての言葉が書き出された『シナリオ』みたいなのを、ただ音楽とタイミングに合わせて読むだけでしたからね。
それでも、その当時は、ヨガしながら、感情が出てきて、涙を流したりする人もいたわけです。

そういう人のいろんな思いを受け止めるのがしんどくて、ヨガの指導は精神的にきついって、思ったのを覚えてます。

29歳のとき、「このままここで生きていっても先はない」って思いが強くなって、上京しました。
NYに行くか、インドにいってアーユルヴェーダを勉強したかったんですけど、そんなコミットはまだ出来なかった。
東京が、精一杯でした(笑)

名古屋のヨガ教室で、お別れ会を開いてもらったとき、『翼をください』をお礼に歌いました。

今、YTTの祝賀パーティでこの曲を歌う生徒が時々います。ああ、あの時の私みたいな気持ちかなって、思いながら一緒に歌ってます。

つづく。
Posted by 三浦まきこ
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[Profileはじめまして
ヨガが仕事になるまでのあれこれー序章
私は、2004-2006年にかけて、東銀座でMUKU STUDIOという小さいヨガスタジオを自営していました。
今は夫の徒志郎と一緒に、Yoga of Lifeというヨガスタジオを経営しています。

MUKUをやっていた頃は、どうしてヨガ教師になったのかとか、スタジオを経営することになったのかなど、時々生徒さんから聞かれては、それなりに話してたなぁと最近、思い出しました。週に6日、朝から晩まで、スタジオにいましたし、掃除から受付、ヨガ指導、会計まで全部やってましたからね。

でも近頃は、そういったことを聞かれることもなくなっています。

実は、「ヨガ教師になるのが夢だった」わけじゃないんだけど、ヨガが生業になる人生を今歩んでる自分が、不思議に思えたり、これまで自分が歩いてきた道々での出来事やこちらへ向かうきっかけになったことなどが、思い起こされました。

ということで、どういう経緯で今に至るのか、ブログに書いておこうかなと思いついた次第です。
興味のある方に読んでいただければ、幸いです。

Posted by 三浦まきこ
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[Profileはじめまして
ハジメマシテ
久しぶりに始めたブログで、最初の自己紹介をすっかり飛ばしていたことに気がつきました今頃・・・ですが

三浦 まきこ と申します。ハジメマシテ。

職業:母、妻、ヨガ教師。夫婦でクリパルジャパンYoga of Lifeを運営しています。
趣味:歌うこと、作ること。今は料理が多いです。母、妻の仕事とぴったりなので。
出身地:愛知県

20代の終わりに上京して7年目に山梨に引越しました。
昨年出産。しばらくは子供と一緒に過ごす時間をたくさん持ちたい、でもヨガもしたい!じゃ、地元でヨガを始めよう!とこのブログを立ち上げました。
しおつでのクリパルヨガクラスのことを中心に、山梨での日々の暮らしのことも綴っていきます。

よろしくおねがいします
Posted by 三浦まきこ
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[Profileはじめまして
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