山梨県でのクリパルヨガのクラスやワークショップについて。自然育児や料理などのコラムも。
たべること
映画「オーシャンズ」が地上波放映された
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映画館から遠ざかり、近所にレンタルショップもないため、ワクワクして録画した(9時過ぎには、寝てしまうんで)

海にすむ生き物達の姿を、「どうやって撮ったの?」と思うような画像満載で見せてくれるこの映画。
食物連鎖の風景も織り込まれている。

後半、人がフカ漁をするシーンで、初めて「血」が流れた。
それまでも、シャチがアザラシを襲い、海鳥が亀の赤ちゃんを捕らえ、サメやウツボが他の生き物を喰らうシーンはあった。
でもそこには、「血」が流れない。

昔実家で飼っていた猫が、ネズミや鳥をつかまえて食べているのを見たことがある。
猫も、羽一枚残していなかった。

ひれだけを切り取られ、海に沈んでいくまだ命のあるサメの姿を、初めてみた。
海はピンク色に染められ、汚されてしまったように感じた。


南インドでヨガのトレーニングを受けているとき、思ったことがある。

人が生きる場所は、汚れる。

同じジャングルでも、人が生活しない森の中は、放っておいても調和と美があるのに、
人が暮らす場所は、掃除しても、すぐに汚れる。

特に、食べるという行為が伴うと顕著だった。
大ホールで大勢で食事をしたあとなんか、もうぐちゃぐちゃ。
ドームで誰かがこっそりおかしでも食べようもんなら、食べこぼしに群がる虫達・・・見たくない。

たまに断食したりすると、自分の中も、そして家の中も、汚れないしね。

しかしそれでも、食べるという行為は、生きる上で必須なのだ。

だからこそ、何をどう食べて生きるか、なんだろうな。

とりあえず、もうフカヒレはいらないなぁ。。。

自分にとってベジタリアンとか、マクロビアンとか、そう言う肩書きはだんだんどうでも良くなってきている。

ただ、実質的にできるだけ他者を傷つけず、森や海で生きる生き物達に習って、調和した生き方を探求したい。
それに名前を付けたら、ベジタリアンになるのかもしれないけれど、
野菜だけ食べるからベジタリアンなんじゃなくて、その背景にある思いこそが、大切だ。

「食べるなら、丸ごといただこう。」

そう言う教えは多々あれど、オーシャンズの映像のインパクトに勝るものはなかった。
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Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
クリパルヨガの体験:情熱をもつこと
昨日自分のクラス指導のあと、久しぶりに80分のクラスを受けた。

指導はノブさん、クリパルヨガのステージ1のクラスだ。

私のハイライトは両足上げのとき、背骨や骨盤の感覚、足の伸びを感じながらも、自分の意識がぐーっと集まったのは、胸だった。これ以上なく広がった胸、その中で呼吸のエネルギーを感じる。エッジにいた。
そのうち、最近感じたことのなかった熱さ、鋭さ、自信や情熱、感情の高まりを感じた。フォーカスする。
そこに居続けるうち、涙がにじんできた。

先週、背中が丸まってて元気ないですね、と生徒さんから言われたのを思い出した。
しゃきっと座るだけでも、違うんだから背筋伸ばさないとな、と思ったが、そう言えば、最近丸まってばかりいた私の背中。まるで、胸を隠すかのように、小さくなってた。

自分が役立つのは、子どもの世話をすること、夫のサポートをすること、それが現実だという思い。

そのなかで、自分自身が「やってみたい、チャレンジしたい」とう思いすら、押さえつけてみないようにしていた自分に気がついた。

その裏には、夫のしている仕事に比べたら私の出来ることなんか・・・と卑下している自分や、やりたいことをした結果に責任を持つことを回避している自分がいる。だから、胸を隠し、背中を丸めて小さくなっていたのかもしれない。
内側には、こんなに熱い火のような情熱があるのに。

普段無意識に見ないようにしている自分の内側に触れ、それを味わうことは、一見無駄なことに思われるかもしれない。でも実際には、どうしようもない状況の中で、癒しが起こりうる唯一の方法なのではないかと思う。
ただ感じるだけ。不条理な感情も、ちゃんと受け止め、味わうと、不思議と前ほど自分を苦しめなくなる。

クラスのあと、「じゃぁ、出来る範囲でやりたいことをやれば?」と私のマインドは結論を出したがっていた。
でも帰宅して子どものいる生活に戻ると、少しだけ違って感じる。

自分の中に燃えている火がある。
それがあることを私自身が知っていればいい。

火は消えない。そのことにこそ、自信と責任を持とう。
いつか必ず、思うように行動できる時が来る。

過去の自分はその情熱だけをたよりに、自分のことだけ考えて突っ走ってきた。そこには孤独や苦しみも沢山あった。

これからの人生で、私は、情熱と、愛と平和の共存を探求したい。

クリパルの仲間からもらったオノ・ヨーコの本の中に、こんな言葉がある。

「私は弱い人間ながら自分のアーティストとしての仕事には絶対の自信を持っていました。(中略)作品を作ることができない立場に置かれても、三年放っておいても四年目にはできるんだから、いいんだ、いいんだという気持ちでした。(中略)活動できない寂しさも感じましたが、(中略)仕事はあとに回せるけれど、お腹の子は待ってくれない」

これを読むだび、すごいなぁ、そんな風に自分のことを信じられて。と思ったものだ。

しかし、凡人の私にも、胸に秘めた情熱がある。
自分という存在に、この情熱は内包されていることを知って生きるなら、自分にとってはそれがヨーコがいう「自信」にあたるのかもしれない。

情熱を持って、毎日をコツコツ過ごす。

それが昨日ヨガをして、私が自分の内側からもらったメッセージだ。

その体験をさせてくれたノブさんにお礼を言いたい。ありがとう。また金曜日に!
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
つみかさね2
「積み重ね」について、もう少し書く。

ちょうど先日、某雑誌の編集の方に、この3-4年自分の身に起こったことや、そこから感じたこととヨガとのつながりをお話しする機会があった。思えば、世間から遠ざかり、いつ終わるとも知れない(いや、いつかは終わるが)子育てをしながら、今自分がしていることが、これでいいのかと、戸惑い、不安に思うことも沢山あった数年だった。

まとめて誰かに話すことで、自分を振返り、そのなんでもないような日々の体験を積み重ねて来てよかったと思った。
ホント、無駄なことなど、なにもない、のだ。

夫は今、「クリパルヨガ」の本の翻訳の最終段階に入っている。
彼がこの本を訳し、出版するに至るまでは、実に30年以上の時間がかかっている。

カーズ2を創ったピクサーの人たちと、同じように無名でお金もなく、ただヨガ(いかにもヒッピーの好きそうなことだ・・・)を学びたくてひたすらアメリカへ何度も渡った夫の思いや努力が、ひとつひとつ積み重なって、だんだんと道となり、今に至ったのだ。

人は誰も、今していることが、意味があるかどうかがわからなくても、いいんじゃないだろうか。
ただ今を生き、ベストを尽くしていれば、いいんじゃないだろうか。

積み重ねられたものすべてには、魂があり、それこそがその人が生きた証になるのではないか。

なんだか、そんな風に思った。

お風呂の掃除、洋服の整理、水やりや草取り、そいういう何でもないことでいい。

これは、お金になるとか、これは自分を高く評価してくれるだろう、なんて思ってすることは、残念だけど自分を苦しめるだけだ。

自分が普通であること、平凡であることに、以前より深く安らぎを感じる。
そう言う状態の自分の中から、「本当にしたい」と思うことが沸いて来た時、それは本物な気がする。

その種に、水をやり魂を注ぎ、積み重ねて「この一生」になればいい。
私にとってはそういう生き方が、「幸せ」な気がする。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
つみかさね1
カーズ2(Disney/Pixer)を見に行った。
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息子(3歳)とふたりで、だ。

「うまれる」は映画体験2分・・・今回は内容が車だし。期待大。

薄暗い映画館、大勢の人、大丈夫かなぁと心配もあったが、「楽しそうだね」と息子。
ポップコーンと飲み物をもって、いざ。
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映画の本編の前にピクサー25周年のエントリーがでた。

ピクサーは当時初ものだったコンピューターにはまったヒッピー達が作った会社、と私は理解している。夫からの受け売りだ。 25年の間に、今までになかった作品を生み出し、大物ディズニーがメンツを手放して合併、アニメーションの世界の可能性を今もどんどん広げている素敵な人たち。

ピクサー作品には、仲間を讃えたり、亡くなった同志を偲ぶ場面がそっと添えられている。

無名のただコンピューターが好きだっただけのヒッピーたちが、今のピクサーを創り上げて来た25年をおもうと、なんだか涙がにじんだ。生きるってそういうことだよねって。

最後に映画をまともに観たとき、息子はおなかの中にいた。

その子がとなりにひとりで座って、ポップコーンを食べ、靴下を脱いでかじったりしながら(失礼!)113分の映画をなんとか見切った・・・。ああ、この妊娠期間を含めた4年の間に、この子はこんなに成長したんだ・・・
25年に比べれば、たったの4年。
でも、豆粒ほどだった存在が、赤ちゃんになり、子どもになり、あるていど自在に動いて、しゃべってるんだもん。。。ものすごい変化だ・・・感慨無量。 今度は涙があふれた。

全然映画に触れてなかったが、このカーズ2は、「へこみが思い出。だから直さない」というメッセージがあちこちにちりばめられている。共通の思い出を積み重ねて、友情や絆を育てる。車同士だけど、人間味溢れる話なのだ。それにしても、悪役かと思ったスパイカーがすごかった。。。この意表をつく発想が、まさにピクサー!VIVA Cars 2!(笑)


Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
子どもからのインスピレーション
今朝、子どもの鼻をかんでやった時のこと。

母「そういえば、いつも鼻をかむ時、足をばたばたするね。」

息子「そうすると、出るから」

母「足をバタバタすると、でるの?」

息子「うん」

ということで、やってみた。


地団駄を踏むように足を踏み鳴らす。

足を揺すると腰を緩む。腹の底に溜まってるものも動かされ、出しやすくなるかも。
どんどんと、足で音を立てる。
いい大人なら余計に、普段は「やってはいけないこと」だ。それをあえてすると、「やっては行けない」とマインドで制御していた他のものも、「OK」モードに変わるかも。

鼻水以外にも、手放したい感情や思いなど、出してすっきりしたい時には役立ちそう(笑)

くれぐれも安全にできる場で、ですけどね。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
珍しい?産後のかかとの痛みとヨガ
あんまり聞かないのですが、子どもを産んでから、足のかかと部分がイタイ。

足首も硬くなり、もう出産から3年も経つのに、夕方以降はたっているのが辛い。
主婦、母って立ち仕事が多いのだ。特に午後、子どもが帰って来てからは、座っている時間など微々たるもの・・・
昨日、機嫌まで悪くなって来たので、こりゃ何か試してみようかと思い、ネット検索してみた(笑)

ある整体治療院のサイトに、ふくらはぎとアキレス腱のマッサージがいいとあったので、やってみたら・・・

痛み、和らぐ! すごい効果!

そのサイトには続きもあって、こういう運動がいいですよと図解つきで書いてあった。

こちらです→http://www.takatsu-chiro.com/chiro/st-sokutei-tsu.htm

これはまさに、ヴィラバドラと足上げではないですか!!

そう言えば、ヨガ(指導中心でも)したあとは、足いたくないんだよなぁ。

ということで、子どもの園バス待ち中もヴィラバドラ(もちろん、腕は上げません)。
セルフプラクティスは、足上げから始め、ヴィラ1はマスト。
しばらく、「かかとの痛み、撲滅運動」を自力でやってみることにした。

効果やいかに。期待してしまう。

そういえば、妊娠中はおなかに赤ちゃん、産後は子どもを大抵は前に抱いていたので(後ろだと怒ってた)、無意識に踵に体重をかける姿勢が多くなってしまったような気がした。
気持ち的にも、ドカッと後ろにいて、何かあったら受け止める。そういうあり方が多かった。

真ん中に立って、コアを鍛えて、自分から動くことを増やしたい。
がんばれ、わたし。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
解熱浄化の巻
日、月と息子が熱を出してた。
ほとんど食べず、寝ては起きるの繰り返し。

月曜の夕方、急に熱が引いてきて、それから急ピッチで回復。
火曜は昼寝なし、一日中しゃべって遊んで、以前よりパワーアップしている。

熱は浄化、42度までは解熱してはいけないというのは、知識のひとつとして知っていたが、ココまで一気にブラッシュアップする姿を目の当たりにするのは、3年育てて、初めてだ。

熱が出てから、この1ヶ月くらい、ぐずぐずしていた鼻水もすっきり。
じんましんが出る気配もなく、心身の毒気が一気に吹っ飛んだ感じなのだ。

それくらい、この子は成長したのだなぁ・・・

子どものおかげで「熱は浄化」の意味がよくわかった。ありがとう。
こうやって体験して、本当の意味で、「分かる」ことは、きっとこれからも沢山あるだろう。

それから、熱を出すまでには、それなりに「ため」なくてはいけないことも、よくわかった。
そのタメがあるから、普段にない熱を生み出して、ジャンプアップできるんだね。
まるで、大恋愛みたいだ♡ 苦しいからこそ、燃え上がる!なんて(笑)

何か気になればスグネット検索!さくさく調べて答えをゲット!みたいなことばかりじゃ、だめだな。
そんな話を、しおつのヨガでもみんなに話した。

ヨガは、頭でなく、からだで体験して気づきをえる素晴らしいツールだ。
そのために、待つこと、エネルギーをためることも、クリパルの手法の中に含まれている。

人生の後半、母も待って、ためて、生き物として生命力をガンガン発揮したいものだ
Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
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