山梨県でのクリパルヨガのクラスやワークショップについて。自然育児や料理などのコラムも。
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Posted by 三浦まきこ
 
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レーズン酵母のパン作り
中島デコさんのレシピで、ストレート法(レーズン酵母をそのまま入れてパン生地にして焼く方法)で1種類のパンを焼き続けて4年。。。

地元の市で出店していた酵母のパンの種類の豊富さ、美味しさに惹かれて、初のパン教室へ行ってきました。

「酵母のパンづくりは、時間や量がきまってなくて、その時のパンの様子を見て決めるのよ」という先生の言葉が、印象的。作り手の作業のタイミングや環境によって、同じ味のパンは絶対出来ないという固有性、独自性が、リラックスしてパン作りをする土台にあるように思う。

Happy Kashi@鳥沢(駅からも歩いて数分、近いです)
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家では「餅つき器」にこねてもらってたけど、手ごね。以外と短い時間で出来ることと、何より触ると気持ちいい!ということで、捏ね台、買ってしまった・・・トシもいいね!って。ホっとした。
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ナッツやドライフルーツを入れて、発酵させる。室温とか、コップに入れたお湯+発泡スチロールを利用するとか、エコな方法でいいらしい(ニマっ)
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教室にはガスオーブンがあって、いいなぁ、と思う。。。ガスコンロに置いて使えるものもあるんだよって、教えてもらった。
トシに話したら、「この間までそれ、渋谷のスタジオにあったよ」って・・・今更だけど、惜しかった~。
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焼き上がり!
当たり前のコメントですが、むろん、美味しかった♫
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酵母を味見すること、酵母と粉で種を作ること(その種も味見して、余った時の美味しい活用のしかたも習えた!)パンとやり取りして、案配を見計らって作り上げていく作業は、試行錯誤を繰り返して、自然と自分のものになるように思う。

帰宅後、さっそくうちの酵母を味見してみたら「すっぱい」
ちょこっとだけ古い酵母液を起爆剤として使って、新しい酵母を起こし中。

手順の復習かねて、新しい作り方を試してみようと思います!
ああ、わくわくする。楽しみがひとつ増えたみたい。
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Posted by 三浦まきこ
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[Food自然食
誰がボスか?
4月は、スピリチュアルにも、フィジカルにも、自分の今の状態をチェックすることが大きなテーマだったようだ。

身体からの不調のサインについて、その奥に病気がありはしないかと調べるプロセスも自分をケアすることに繋がっていたし、結果、治療を必要とする状況ではないことが分かって一安心。

スピリチュアルには、「エクトン」という意識体とチャネリングするリチャードさん(通訳チャンパックさん)に会い、話をするという体験を昨日したばかりだ。
今日の(身体の)再検査で要チェック反応が出なかったのは、そのせいじゃないかと思うくらい・・・心身共に、積乱雲の上へ抜け出たような開放感がある。

エクトンが私に話してくれたことは大切にしたいことばかりだが、身体の不調やエネルギーの低下の原因のひとつに、安定した睡眠が取れないことがある、と言われた。
私は小学生の頃から、時折不眠傾向があり、「眠れなかったらどうしよう」という感情が常にある(まぁだんだんと慣れては来ていたが・・・)。
子どもを産んでからは、睡眠は不安定そのもの。子どもに起こされるだけでなく、私自身が眠れなくなることも多かった。

エクトンは、今の就寝環境は、あなたのエネルギーを消耗するばかりで、リジュビネートすることが出来ないと感じると言った。

私の左右には、夫と4歳の息子がいる。

息子が夜、寝る時は私は自分も一緒に寝ていたし、夜中に起こされれば、私がケアをしていた。
夫が関わろうにも、息子が「ママがいい」といいながら余計に暴れるので、仕方ないと思っていた。

エクトンにその話をしたら、子どもが家族のボスになってる、あなたは「Mam」になる必要がある。
あなたは彼が1人で寝られるようにサポートする人であり、ボスはあなただ、と言われた。

確かに・・・なぜ子どもの言いなり(に近い状態)になったり、子どもが不機嫌になるのにびくびくしたりするのだろう。そこには、もっと前の段階でエクトンが話してくれた、「子どもの頃の私の体験」があるようだ。

私が子どもの頃、ボスは親であり、学校の先生だった。どんなにおかしいと思っても、子どもの考えは考慮にも入れてはもらえない、それが当たり前だった。私は、自分がそうなるのが嫌だった。
だから、子どもを大人同然に扱って、そうされた子どもが、子どもの本質的要素である「わがまま」に振る舞うのを許してしまったのかもしれない。

早速、昨晩、子どもに本を読んで寝かせても、自分は一緒に寝なでいてみた。息子は最初泣きそうになったが、ちゃんと説明したら安心して寝ていった。

ポッコリ空いた夜の時間に、ジャーナルを書いて、ヨガや瞑想をして、今日1日が自分にとってどんな日だったのか、今感じていることを味わい、自分自身でいるのは、最高に気持ちよかった。ただ寝てるよりうんと楽しい。

エクトンにも言われたが、私は「これが正しい!」と思うと、例外なくそれをやろうとするところがある。
「柔軟に対応すること」
それにチャレンジして、子どもと関わり、夫婦でいながらも、自分を尊重することを探求しつづけようと思う。


Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
自分自身でいることの大切さ
今の私にとって、毎週金曜は週に一度、ヨガに集中する日だが、先週金曜から今日までは、年に一度(今年は3度!)の特別な期間だった。

第六期クリパルヨガ教師トレーニング(YTT)がスタートしたからだ。

YTTを控えて、マネージメントに関する特別な緊張感を感じている一方で、アシスタントを集めてミーティングしても、明日YTTがスタートするという実感が沸かないというアンバランスな状態だった。体調は揺れており、YTT前々日、前日は、夜中に数時間眠れない時間があった。

最初の晩は、喉のかゆみと、連続するくしゃみ、いままでで最悪の花粉症の症状かとおもわれた。
だが、次の日ヨガ指導するうち、花粉症症状はぱったり止まったため、翌日は熟睡を期待して眠ったが、やはり途中で目覚めてしまった。

眠れないとき、私は瞑想することにしている。
横になったまま。もし寝てしまえたら、御の字ってことで。

1日目は強いアレルギー反応の感覚が瞑想の対象だったが、2日目の晩は、特に強い感覚はなく、全身に順番に注意を向けていた。
身体の感覚に注意を向けていたら、YTTが近づくと、心理的にいつも同じように感じていることがある、と気がついた。

夫のトシ(ディレクター)の態度が、はっきりと変わることへの不信感、苛立ち、不安だ。

夫は立場上、責任の重さが尋常じゃない。だから、自分の部屋に閉じこもって準備に集中するし、緊張感も大きい。その夫の変化に対して、自分の中で起きていること、ここが鍵なのだ。

人の注意が十分感じられないと、私は大切にされていないとか、私は注意を向ける価値のない人間だとか、自分は愛されていないとか、孤独を感じたりする・・・言葉にしたら、自分のことに集中しようとする夫に対して「なんでそんなふうに出来るのよ、私はできないのに」と私の心は言っていた。まるでアレルギー反応を起こすみたいに無意識に。

クリパルでは「他者との健全なボーダー」を大切にする。
そのコンセプトに賛同し、理解もしていたが、自分がそうすることには、許可を与えられない自分に、はじめて気がついた。過去に、もっと自分に注意を向けてほしいと思っていた私がそのままいて、だからこそ自分に、他者と自分を同化することが良いことだと言う思い込みを植え付けていたように思う。

人の反応、評価で、自分の価値を決めるのは、やめたい。
自分自身でいることや、自分のボーダーを持つことを許したい。
本当の自分で、人と繋がりたい。

そういう心の奥底にある意図が、YTTのアシストをするうち、はっきりとして来た。

子育て中、意図を持っても、おおかた意図は達成できないから、持たないようにしていた。
金曜の瞑想の時間に、そんな自分のあり方に気づいて、達成できるかどうかの結果に関わらず、まず意図を持ちたいという気持ちがあることには、気づいていた。

それらが、統合されて行く。

意図を持つために必要なのは、自他の境界を持ち、自分自身と共にいること。
そこから、他者と関わり、自他を共に尊重する体験をしたいんだ、あたしは。

今朝、YTT2日目のサーダナ(=スピリチュアルプラクティス、クリパルではアーサナの練習の時にも使われる)を担当したが、YTT全体のプロセスのなかで、今自分がすべきことをする、そこに意図を持ち、実際にベストを尽くしたら、サーダナの後、今までよく感じていた後悔や居心地の悪さを今日は感じなかった。

YTT6th

YTT用に、特別に準備した祭壇に、常に火を灯しておこうと、今日話し合って帰って来た。

この火のように、アーサナのみならず、サーダナは継続して行うことで、確実に体験が深まる。
エッジにいて、留まり、体験を深めると、気づきが起こり、変容、統合のプロセスが流れやすい。
YTTはその極みだ。

この数日、YTTに関わるために受けた、有形無形のサポートに感謝して。

普段の生活に戻ったら、ペースはゆっくりで穏やかになるだろうけど、この道を歩き続けて行こうと思う。

最後に、今日は私の、陣痛記念日です(笑)
トランスフォーメーションの象徴のような日です。

継続して行けるか、そこが次の課題です。
また元に戻っちゃったら、気づいて、そこから同じように、やり直して行こう。
いつでも、行く道は選択することができる。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
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