山梨県でのクリパルヨガのクラスやワークショップについて。自然育児や料理などのコラムも。
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Posted by 三浦まきこ
 
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名古屋でのクリパルWSを終えて
名古屋での10回目のワークショップが終わりました。
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名古屋WSに集まってくれたみんなへ、ありがとうございました!
10回WSを行って、だんだんお互いに知り合えるようになってることも、帰るたびに集まってきてくれる仲間が少しづつでも増えてることも、とてもうれしいです。

これからも、どうぞよろしくお願いします♡

あいにく、悪化した風邪を携えての週末でしたが、体が本調子でないときだからこそ、の体験もありました。

幼なじみがふたり、一緒にヨガしにきてくれて、それ自体がとてもうれしかった。
大人になって選んできた世界に、子どもの頃の世界の住民が訪れてくれたっていう感じ、で伝わるでしょうか。

ヨガがはじまれば、周りに誰がいるかは遠のいていくのだけど、個人的な体験をしてる自分の側に、そういう古くからの友達がいるというのは、格別でした。

隣にいた幼なじみが、ヨガ後「いままでになく股関節がいい感じすぎて、動きたくない」って。
たまちゃん、ヨガの体験を贈ってくれて、ありがとう♡

たまちゃんの90分のクラスをうけての私のハイライトは、ウトカタでのホールドとリリースです。
ホールドしているとき、なんだかわからないけれどすごく強く何かを守っているような感覚がありました。体調よくなくてしんどいな、と思ってる時でも、変わらず強いエネルギーもあるんだ、ってことがその体験から得た「ギフト」です。ポーズをほどいて、両手を地面に(正確には床に)置いたとき、大切なものを手放す気持ちがぐっと湧いて、涙が出ました。でも、今まで同様の感覚を感じた時の感情の渦よりうんと穏やかな波で、以前より早く通り過ぎていった。

悲しみや苦しみも、こうやって、携えていくものなんだな、と思ったし、そのことを後で、たまちゃんとシェアできて、うなずきあう時間が持てて、私はとても幸せでした。

それから、自分がヨガをした後、クラスをリードする側になるというのも、またなかなか立てない状況でした。
ヨガをして、先の体験をしてエネルギーが動いたあとだったから、それに自然とのっかって、リードしていけた。
この順番だったから、出来たクラスだったと思います。

当日、ピアスを忘れきて、途中でかうことも出来たのだけど、なんとなく、本当に来るべきものが来るのだから、今日は穴を空けたままいこうって思って御器所に着いたら・・・

たまちゃんが誕生日プレゼントにピアスを贈ってくれたり・・・!

なににつけても、必要なことが準備されているような一日でした。

私は、たまちゃんにありがとうって伝えたくてこの企画をしたけれど、ヨガをリードしながら、ああこれは、辛かったときの自分へのメッセージでもあるんだなぁと思いました。

ヨガ後は、ゆなさんからクリスタルボールのプレゼント♬
響きが、まだハラの中に残ってます。
今朝、待っていた生理が来て、風邪はピークを越えたようです。
新しい講座を受けにいく予定だったけど、DVD受講に切り替えて、家でゆっくり休もうと思います。
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Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
Go out there!
子どもと夫が、同じタイプの風邪を引き、なんとかもっていた私のほうにも余波が・・・家族全員、変な感じですが、秋の行楽シーズンに乗っかって、我が家も出掛けてきました。

幼稚園は早引けして、後楽園へ♬

9月に臥せった時に買い込んだDVDのおかげで、今やこどももムーミンファン♡
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だんだん暗くなってきて、クリスマスイルミネーションが早くも点灯☆
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子どもはキッズルームへ。
私たち夫婦は、ポール・マッカートニーのコンサートへ!
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子どもを産んでから丸5年、夜はほぼ、出掛けず家で過ごしてます。
実際眠くなるし、夜遊びは独身のころ十分したので(笑)そんなにつまらなくもなかったのですが、この間映画上映会に行ったのに続けて、こうやって夜のイベントに参加すると、家族揃って、「たまにはいいねー」気分でした。

そして、コンサートのほうは、、、いろんなことを感じました。

まず、隣に夫がいるという状況がうれしかった。
彼には彼の、私には私の、ビートルズへの思いがあって、そのメンバーの一人が目の前にいる瞬間を共有できるのは最高でした。あとで、たくさん、何を感じたのか話せるしね。

わたしにとって、一番大きなメッセージだったなって思ったのは、「もっと楽しんでいいよ」ってことでした。

震災からこっち、世の中は以前に増してめちゃくちゃです。
右を向いても左を向いても、暗いニュースばっかり。

そりゃ、小さないいこともあるし、微笑ましいこともあるけど、なんとなく、いつでも危険に対応できるように、慎重にしてるのが、普通になってました。わたしは、今も苦しんでる人が沢山いるんだって思うと、どことなく、自粛するような気持ちもありました。

でも、音楽、ロック、ポールのエネルギーは、明るかったー!
人生の色々を体験した人が一生をかけて発する音、言葉、エネルギーが、ピュアで明るく、だからこそ強いのに、身も心も踊りました!(文字通り♬)

ネガティブを嫌ってのポジティブは弱い、と私は自分の人生で、感じています。
でも、コンサートの最中、どうしようもなくネガティブな自分の中にも、煌煌と輝くポジティブ、とでも言いますか、永遠の明るさみたいなものがあるんだ!って強く感じたのです。

ここと繋がることが、これからの未来には、すごく大事なんじゃないかって。

どこまでも音楽で、徹底的に楽しませてくれるコンサートでした。
すばらしい70代!こういう年の重ね方があるっていうモデルになりそうです。
すごく、楽しかったです。行ってよかった♡

また会おうねって言ってた言葉が、現実になったらいいな。

コンサートの翌日、山梨に越してきて以来なかった「表札」を作ってもらうために、作家さんが自宅まできてくれました。その道の人に、素人の私たち夫婦が混ざっても、一緒に方向性を見つけていくやり取りが、とても楽しかった。
朝、体が重くても、ヨガをすれば、うんと気持ちよくなるし、この週末はまた帰省(笑)ヨガとクリスタルボールのお楽しみが、あります。

楽しみが増えていきます。。。一方で風邪を引いていても、です(笑)

Go!
OUT THERE!
Posted by 三浦まきこ
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[Relationship夫と子供との暮らし
ヨガが仕事になるまでのあれこれーヨガを始めた頃のこと
私がヨガをはじめたのは、心も体も、バランスを崩している時期でした。
そういうヨガ教師って、結構多いみたいですね。

ずっと地元の名古屋で暮らしていて、高校、大学、就職と大きなトラブルもなく進んでいたのが、失恋をきっかけにバランスを崩し始めて、会社を辞めて、しばらく家に篭っている時期でした。
しばらく何もしないでいたけれど、夜は眠れないし、自分が壊れていく感じがして、怖かった。かといって、人間はそう簡単には死なない、って分かったときに、何かしようと思いついたのがヨガでした。

恐る恐る市内のヨガ教室に行ってみたら、そこのアルバムに、しばらく会っていない同級生の写真がありました。
「彼女がいたことがある教室なら、大丈夫だろう」そう思って、通い始めました。

そうそう、その彼女と最近再会して、今度一緒に名古屋でヨガを受けます・・・縁ですねぇ。

その頃のヨガは、マットはなくて、畳の上でタオルを敷いて行うスタイルで、動きもとてもジェントルなものでした。
立ちポーズはなかったんじゃないかなぁ。。。アライメントなんて言葉も、聞いたこともなかったし。代わりに先生に、気で、部屋の端まで飛ばされたことがあります(笑)ね、気ってあるでしょ?って。たしかに、一発で納得しました(笑)

同じくらいの年齢の人は少なくて、その頃の私と同様、どこか生きづらくて、困っている人がそっと通ってきてました。ヨガすると、何も考えないで頭を休められることが、わたしにはなによりの助けで。瞑想で明るい光を使われていたのですが、その感覚が気持ちよくて、週に一度か二度、通い続けました。

そのうち、陶芸教室でバイトを始めたり、お店のお抱えシンガーを目指したり、英語で仕事できるようになるために通関士の資格を取ったり、いいことばかりじゃないですが、何か始めて失敗してって繰り返せるくらいになってきて、ここから、生き直そうとして必死だったんだと思います。

一方で、ヨガ教室に長く通うようになると、だんだんと、生徒兼、スタッフみたいに先生の手伝いもし始めて、それに伴って気になることも出てきました。

その頃私にとってはヨガは、なんというか、精神世界に純粋に存在すべきもので、お金の話をすごく嫌っていました。それと、宗教との関係・・・先生=神様みたいに扱われることに、違和感を感じていて、どう接したらいいのかなってよく考えていました。オウム事件があったのも、この頃です。教室に警官がきて、オウムとの関係がないか、と聞かれたことがあります。自分がヨガしてるなんて、とても友達には言えなかったですね〜。

先生や先輩から、教えてみないか?とお話を受けたのは、数年経った頃です。
あなたみたいな若い人でヨガをする人はあまりいないから、教えることもしてほしい、ということで・・・。

はじめてのティーチングはその時なのですが、ティーチングなんて言うのも申し訳ないような・・・すべての言葉が書き出された『シナリオ』みたいなのを、ただ音楽とタイミングに合わせて読むだけでしたからね。
それでも、その当時は、ヨガしながら、感情が出てきて、涙を流したりする人もいたわけです。

そういう人のいろんな思いを受け止めるのがしんどくて、ヨガの指導は精神的にきついって、思ったのを覚えてます。

29歳のとき、「このままここで生きていっても先はない」って思いが強くなって、上京しました。
NYに行くか、インドにいってアーユルヴェーダを勉強したかったんですけど、そんなコミットはまだ出来なかった。
東京が、精一杯でした(笑)

名古屋のヨガ教室で、お別れ会を開いてもらったとき、『翼をください』をお礼に歌いました。

今、YTTの祝賀パーティでこの曲を歌う生徒が時々います。ああ、あの時の私みたいな気持ちかなって、思いながら一緒に歌ってます。

つづく。
Posted by 三浦まきこ
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[Profileはじめまして
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