クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
ハシドイという蔵カフェ@山梨県上野原市
山梨県上野原市に、ハシドイという蔵カフェ があります。

子どもを連れて行っていた眼医者さんのはす向かいに、そういえばあったなーとぼんやり浮かぶ蔵が、すごく素敵なカフェに改造されていて、感動しました。

外観も、内装も、店主さんが好きなものとか、きれいって感じるもので、丁寧に作られていて、まるで、ひとつの作品のよう。

ハンドドリップの珈琲。
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手作りシュークリームは、まるでケーキのような満足感。見た目どおり、美味しいです。

家の外ならではの解放感と同時に、外界から一枚薄紙で隔てられてるような蔵とカフェの空気感が、非常に心地よかった。

薄い真っ白のハシドイエプロンも、日常使いしちゃおうと思ってます^ ^
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サラシでできていて、肩こり予防に良さそう〜(これは自宅です・・・。)

ハシドイから帰る途中、色んな思いが沸きました。

街そのものが、雰囲気を醸し出しているような場所にじゃなく、ある意味誰も価値を見出してなかった蔵を改造して、こんなに素晴らしい作品を作ってしまう店主さんは、すごいって思った。

知りうる範囲ですが、人脈、人望があり、ご縁を繋いで、夢を実現しされたそう。
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壁に店主さんの絵が飾ってありました。

この土地にしっかり根付いている人のように思えて、自分がとても対照的に感じました。

仕事と人間関係の多くは下北にあって、家族とプライベートは山梨にある。
地元は愛知県で愛着もあるけれど、もう実家を離れて15年。

わたしは、どの土地の人間でもなく、あっちにこっちに足を突っ込んで、ふわふわしながら生きてる感じがします。

でも、どこかの土地に根付きたいかと自問すると、否、なんだよな。

土地に対する帰属意識や所属感が薄い分、クリパルやフェニックスライジングなど、心の拠り所となる何かに属していたいと感じているのかもしれません。

そんなふらふらしたわたしでも、羽を休められそうな優しいカフェ、ハシドイ。

こちらに遊びに来る友達がいたら、ぜひ案内したいです。
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[Diary暮らしのしおり
「おもいっきり」
水泳絡みの連投ですが・・・

なにかを「おもいっきり」やることってありますか?

泳いでいても、体の伸びを感じたり、余分に力んでいるところがあったら和らげたり、水の中で、呼吸を長く止めたりずっと吐き続けたり変えてみて、慌てて泳いでいないか、周りに意識を向けているか心の状態に注意を向けたり・・・

とにかく、様子を見ながら泳いでいるなぁ、と気がついて。
これって、水の外での自分のあり方や、やっていることと、同じじゃないか、と思ったわけです。
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(写真は今年行った伊豆白浜。もちろん、子どもの様子を見ながら泳いでました(笑)

そこで、試しに「おもいっきり」やってみることにしました。

誰にも迷惑(水しぶきなど)がかからないであろうタイミングを見つけて、とにかく速く手足を動かして、90%くらいの気持ちで一気に!泳ぐ!

体中を目一杯動かす!
速く!
力強く!

と・・・なんでしょう、このすっきり感は・・・!
スポーツが青少年に勧められるのは、このためだったんだと、体験しました。
頭の中も、体も、「だってー」なんて言い訳している部分がなくて、みんな一斉にYES!って言ってるみたいに感じました。

「思いっきり」のあとゆっくり歩く、を3回ほど繰り返したときに思いました。
こんなに安全に誰にも迷惑をかけないで、自分の力を最大に発揮できる場って、そうはない。
なんて健やかで平和なエネルギー発散だろうって。

人は誰でも、他者との関わりの中で生きているから、大人になるにつれて、自分の力を思いっきり発揮するよりは、周りの状況をみて、立場や役割、必要に応じて対応することが増えてくる。

ヨガ指導していても、あくまでもヨガをしている生徒の体験が豊かになるようサポートする為にいるわけだから、自分の好きなようにガンガン進めていくわけじゃない。

ヨガの練習している時も、自然と近づいたり、深めたり、保っているエッジは、じわっとゆっくり感覚を観るタイプのものが多くて、エネルギーを大きく動かすようなエッジには行っていないんだよなぁ。

十分にゆっくり泳いでウォームアップしたあとだったから良かったんだろうとは思うけれど、なんというか、肉体を思いっきり動かした後の、あの体中の開放感と安心感の共存体験は、新しいって思ったんです。

自分の体をどこかで信頼しきれていないところがあったようにも思います。様子を見てあげないといけない、というような。


心理的に、子どもの頃から、勝ち負けのある物事が苦手で、多分、勝負を介して人と付き合うことに不安があって、スポーツには消極的でした。小学生のとき50m走で、「思いっ切り走れ!」って先生に怒鳴られてたのを思い出します。いつのまにか、体にも「そこそこ」以上の力を発揮させないようになっていて、それはもしかしたら、おもいっきりやって負けたときに言い訳がきかないと無意識に思ってセーブしてたのかもしれません。

何のかんのいっても、体には、自分のマインドを超える可能性があるんだなぁと今は思えます。

そう感じて、心身スッキリ、意気揚々と一日を過ごした最後に、子どもと夫が最近はまっていた「おはじき」に混ざりました。
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慣れてない私は、もちろん下手でしたが、3回戦くらいからペースをつかんで、4回戦終わる頃には、なんと、めちゃ勝ちしてしまいました。

そしたら、息子が「口惜しい」って・・・・え?まさか「おはじき」で号泣?!って感じですが、

自分が勝つと相手に悔しがられて居心地悪い、だったら勝負自体しない方がいいっていう思考回路は今でもきっかけさえあれば、同じように働きます。こういう気持ちになるから、勝負事は嫌だ、だから思いっきりやらなくなってたんだよなって気持ちが、最後に蘇ってきました。

立場や役割、状況に合わせる時に、何を基準に判断するかが大切なんでしょうね。
他者を基準にせず、自分の思い、体の感覚、直感を基にして、結果はどうあれ、きちんと責任が取れる人間でいたいと思います。

そのためにも、もっと体を開発すること!
自力の可能性を限定しないで、遊びながら、自己探求したいものです。
Posted by 三浦まきこ
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[Diary暮らしのしおり
クリパル+αで世界が広がる
このところ、クリパルヨガ以外の何かにも、時間をかけたり、意欲を持ったりし始めている。

例えば、水泳。

最寄りの温泉にプールが併設されていて、400−500円ほどで両方使える。
小さいけれどサウナもある。水風呂に入れるようになったら、サウナが苦しくなくなった。

水の星座生まれで、川の近くで育ったわたしは、水の中にいると気持ちが安らぐ。
気になる体重の増加を食い止めるきっかけにもなるし(鋭意努力中)、むくみがさっと取れ、心地よい疲労感を楽しめる。

昨日1年振りに出掛けた溶岩マグマヨガも、サウナ好きが高じてか、純粋に楽しかったし、汗を目一杯かいたあとのすっきり感は普通のサウナ以上だった。

自分1人で楽しむことに罪悪感を持ったり、お母さんは家にいなくちゃと思う気持ちはなくならないけれど、それでも、出掛けてくるね、行ってもいい?と夫に言おうと思えるようになったのは、大きな変化のように感じる。

こういった体験をすると、クリパルにこだわらなくても、すでにクリパルは自分に沁みていると言う感覚が腑に落ちる。

プールで泳ぐとき、タイムや距離にではなく、「どう泳ぎたいか」にずっと意識を向けている。
プールや温泉での、地元のおばあちゃんたちとの、ちょっとしたコミュニケーションに小さく感動する。
ロッカーで「この鍵開けづらいね、やってくれる?」って頼まれたり、わたしが落とした靴下をそっと拾い上げてくれるおばあちゃん達との一瞬の繋がりが、心を温めるのだ。

溶岩マグマも、クリパルヨガ教師のちえこちゃんがリードしてるクラスだったから、周りを気にせず安心していられた。
誕生プレゼントも頂いて♡ちえこちゃん、ありがとう^^またあったまりに行くね♬
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ココナッツシュガーのスコーンと「アムラ」ともに美味♡
*アムラは来週から始まるアーユルヴェーダフェア@YoLでも取扱予定です。

前クリパルセンターヨガ部長のデバルシが、「クリパルヨガを実践すると、何をしている時にも、クリパルヨガをしていることに気づくだろう」と話していたのを思い出す。

わたしは、ヨガスタジオYoga of Lifeの運営、会社のこと、自分のクリパルの指導、体験、トレーニングなどを、子育てや家事と両立させるのに、必死だった。ある意味、それ以外のことにエネルギーを向けるのは無理だった。

「クリパル・ジャパン」は、来年10周年を迎えるのだが、ここへきてやっと、自分のHOMEがおちついて、土台が安定してきたのかもしれない。今は、スタジオのことでさえ、「今まで通り」に継続することばかりでなく、「これから、どうありたいか。私たちはどこへ行きたいのか」に意識を向ける余裕が出てきた。
これはひとえに、スタジオに関わってくれているスタッフと、スタジオの価値を理解してくれている生徒さんのおかげで、ありがたいの一言に尽きる。

小さなトラブルや思い通りに行かないことはもちろんあるけれど、それをどう扱って、何を選んで行為するかを、まるでライブの冒険みたいに捉えて、ワクワクして楽しんでいる自分がいる。ゆっくりと、必要なプロセスを歩んで、自己変革が起きるって、こういう感じかな。時間をかけた分、無理なく自然に変化している。

スタジオのトイレが詰まるというようなことから、来月から来年9月までのフェニックスライジングヨガセラピー(PRYT)のトレーニングまで、いろんなことが起きて、喜怒哀楽を感じて、人と関わって、自分で体験していくことすべてが楽しみ。

先日、夫とPRYTの練習をしていたときに感じた、「体の中心と、外側とのギャップ」は、自分の内にある感覚や意識、体験、エネルギーを、手足を使って全身でわかち合いたいという、体からのメッセージだったのかもしれない。

冷蔵庫の保存食を整理していて発見した一年前の「栗の洋酒漬け」。
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もうダメか、と思うくらい置いてあったけれど、ケーキに入れて焼いてみたら、味わい深く美味。

そういえば、ココナッツシュガーも少しだけ残ってたな・・・スコーンに入れてみよう。

今あるものを大切に、柔軟に活用して、楽しむ。そんな気持ちです。
Posted by 三浦まきこ
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[Diary暮らしのしおり
瞑想のはじめに
毎週金曜の朝10時から、30分間の「はじめての人の瞑想」というクラスを担当しています。

実際に瞑想をしてみよう、という実践タイプのクラスですが、クラスの始めに、瞑想に関係する話をすることがあります。

そこでした話を、記録しておこうとふと思い立って、今日話したことをここに書いておきます。

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この所だんだんと気温が下がってきて、体のどこかに、こわばりや痛みなど感じる場所がでて来る時期かもしれません。

わたしも、右側だけが、足も肩も背中もこわばっていて、簡単に言えば「いたい」ところもあります。

普通、右半身に不調があれば、どうしてだろうと考えますよね。
そうならないように、左手で鞄を持つとか、右肩が上がってきたら下げるとかして、よくなるようになにかしようとします。
もちろんそうすることで症状を改善する可能性はあるし、理由を探すうち、なにか良い方法を見つける場合もあります。

でも、どこかで、痛みやこわばりを感じる部分を「悪いもの」とみなして、それを嫌ったり、排除しようとしたり、または、見ないようにしようとしている部分もあるかもしれないと思います。そして、そうしている時、心は平安ではないように思います。

だから、瞑想をしているときは、仮に体に不快な感覚が起きても、そのままにして、善し悪しのジャッジをせず、ただ気づいているという状態を試してみてください。これは我慢するというのとは違って、感覚は起きているけれど、その中でリラックスできるところを探すような状態です。

また瞑想中、呼吸に注意を向ける、意識が逸れたら気づいて呼吸に戻す、というシンプルなプロセスを中心に据えることで、普段無意識にしている反応を和らげたり、そこと距離を置いたりできるようになります。

体や思考、周りの音など、呼吸以外に注意がそれても、出来るだけジャッジせず、呼吸に戻す過程に注目してみましょう。

瞑想すればこうなるだろうとか、思い通りに集中できるかどうかという結果にではなく、途中で何が起きているかに注意を向けます。そのプロセスそのものが瞑想だと言えるのです。

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ここから、体を安定させて、徐々に瞑想に入っていきました。

不思議なことに、瞑想中は右半身の痛みを感じなくなりました。
そしてこういうことは、よく起こります。
理由をつけず、また再び座って、一歩一歩この道を歩いていきたいものです。
Posted by 三浦まきこ
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[Yogaヨガのこと
Facebookの5年日記的効能
Facebookの機能で、過去の自分の投稿が引っ張り出されることがあります。
同じ日の、1年前、2年前、3年前・・・と。

今日,11月5日は、過去に投稿がたまたま重なっていたようで、こんなことがあったんだなぁ、確かにこう感じてたなぁ、って思い出すいい機会になりました。

4年前の投稿は、子どもが急に自転車に乗り出した記念のビデオでした。

ちらっと写り込んでる夫も、若い?(笑)

3年前はウーマンズヨガのトレーニング後、初のWSをやってました。
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子育てだけでなく、自分のしたいことも再開し始めた頃です。

2年前は、子どもの七五三のお参りの投稿のあと、ふと1人になった時にどうしようもなく湧いて来る感情を「自分のみ」に投稿していました。

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誕生日の一番の願いは、お腹にいた子に帰って来てほしい。
どうしていなくなっちゃったの?って夜ヨガしてたら、また泣けてきた。
その子がいない人生を受け入れなくちゃいけないのかもしれない。
そこには、楽しいことだって沢山あるのかもしれない。
でも、今はまだ、あの子がいたのにって思うと、苦しい。
あのままいてくれたら、そのまま産まれてきてくれてたら、って思いが消えない。
こういうのは、いつもは表に出てこないんだ。
自分の中に注意を向けると、それが沢山溜まってる。
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去年は、クリパルヨガ集中コースの地方開催を告知してました。

そして今日。

誕生日前にセルフケアしよう!と、アーユルヴェーダのオイルマッサージを受けにいって、お天気が良くて気持ちがよくて。

これまでの投稿を見ていたら、「軌跡こそ、奇跡」って言葉が浮かんできました。

いつもただ、自分の中で起きているリアル(現実)に正直に、
感覚、感情をそのまま、受け止めようとして来たんだなぁと思います。

そして、年月を積み重なると、すべては移り変わるというのは、真実だってわかるようになって、安らぎを感じるようになる・・・

辛い思いを存分に味わっても、それでも毎日、呼吸して生きてきて、またお誕生日が近づいて、ひとつ年を重ねられるのが、誇らしくてたまりません。

本当に、こんなの絶対嫌だ!って思ったことはそのままでも、「しあわせだなー」って思えるときがまたくるんだよ。


Posted by 三浦まきこ
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