クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
コンビニにて
4月の初め、まだヨガ指導は休んでいたが、待ったがきかない仕事もあり、書類を抱えてコンビニへ向かった。
この辺りに一軒しかなかったコンビニと、同じコンビニがもう一軒できた。新しい方へ行った。
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カウンターで「宅急便コンパクトで、お願いします」と伝えた。
すると、ちょうど奥のドアから私服の(でも多分アルバイトの)女の子が出てきた。慌てた様子だ。

カウンターにいたおばちゃんに、「あの、これって、ハンコいるんですよね?」と尋ねる。
「あ、それやったことないから…あ、お客さん、すいませんね、宅急便ですね」とおばちゃん。同時に2人と話してる。

女の子は独り言のようにハンコについて考えあぐねていたが、目の前にある「宅急便コンパクト」の封筒をみて「これ(封筒)、測るんですよね?」といいながら、メジャーを取り出して測っている。

いや、待て、宅急便でも「コンパクト」のほうだから、測らなくていいんじゃね?

その後しばらく、まるでルールを知らずにボールを投げて、とりあえず打つけど、どっちに走ったらいいかわからない野球選手みたいな会話がしばらく続いた。

しんがりに、宅急便のお兄ちゃんが到着。
混乱している現場にあれこれ指示するも、おばちゃんは、あたふた。女の子はハンコ問題に戻った。

そこにいたわたしは、だんだんおかしくなってきた。
そして「なんか、大変そうですね」と口に出して言ってみた。

すると、

「今日はほら、新学期やら入学式やらで。ベテランの人がひっとりもいないのよ。わたしたち、みんな入りたてで…よくわからない人ばかりで。すいませんねぇ、お客さん…」と謝るおばちゃん。

わたしは、なんだか、すごく心が温かくなった。
目の前で何が起きてるのか、少し説明してもらっただけで、相手の気持ちがうんと伝わってきて、頑張ってるおばちゃんを「店員」ではなく、「今一生懸命生きてる人」に思えた。

もしわたしが急いでいたり、別のことでイライラしているたら、きっと見過ごしてしまうような一瞬のリアルなつながり。

わたしは、完璧さより、血の通った関わりのほうが、人の心に響くんだなと思った。

帰り際、「がんばってくださいね」と手を振りながら、コンビニを出た。素晴らしくいい気分だった。

その後、あのコンビニの前を通りかかるたび、「あのおばちゃんたち、がんばってるかな?」と自然と思いを馳せている。

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Posted by 三浦まきこ
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[Diary暮らしのしおり
おしりと健康の考察 〜完璧でないわたしたちへ〜
世の中の3人にひとりは「痔」だそうだ。

そして、お年寄りとの日常会話の50%以上は排便に関すること。(たしかに)

それくらい、おしりの健康は「ヒト」にとって大切なんだよな。

わたしも、おしりの健康促進のため、逆転のポーズ、酵素食、ハラマキなどできることはしました。
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(こうしてレーズンを発酵させてパンにしてみたり)

しかし、30年先の自分を想像した時に、やはり今の内になんとかした方が…と、病院へ行ったのが昨年の秋。

医師に「これ、痔っていうよりポリープですね」と言われた。なぜかショックだった、どうしろというのだ?
「切っちゃいますか?簡単ですよ」と言うのだけど、なんとなくこの人に任せていいのか?不安になり、知人のつてで、別の病院へ。

余談だが、2つ目の病院で勧められた大腸内視鏡検査は、まるでヨガのクリヤ(浄化法)の「腸の洗浄」のようだった。
ヨガでは2Lの塩水を飲むが、看護婦さん曰く「梅塩味」の液体を2L飲み、腸はすっからかんに。(おしりはすごく痛くなるので注意)
検査そのものも「痛い」とネットでは騒がしく書かれていたが、「ぼーっとする薬」なるものを点滴して入れるので、全く意識なし。

※体は素敵に軽くなるし、これなら5年に一回くらいやってもいいなと思うくらい。
※ちなみに腸はバラ色(写真でみせてくれる)、他に怪しいものもなく、一安心でした。

して、手術。

件の「ぼーっとする薬」を投入され、意識がなくなるまでの間に

「ここから先はもう、医者に任せるしかない。委ねるってこういうことだなー。」

と思った。

「からだを医師の手に委ねる」期。クリパルヨガでいう、ステージ3。


術後は自宅療養。
医師に「痛い方の部類に入る手術でしたので…」と2段階の痛み止めを処方される。(初めて聞いたよ…)
普段飲みつけていないからか、薬は非常によく効く。意識ももやーっとする、おかげでよく眠れる。

患部の「叫び」が激しいときは、からだの声はよく響く。
だから感じすぎないようにして、からだを休ませる(眠る)のがセルフケアになるんだなと思った。

ここから、「からだを薬に委ねる」期がはじまる。(まだステージ3中)

しかししばらく続けていたら、からだと頭(マインド)が離反する感覚が強くなった。

わたしの場合、からだは食べたがっていなかった。むくんで(腫れて?)苦しい。
でもマインドは、食べたがってる。薬を飲むには食べなくちゃと考え、そして正直言うと、他にすることがないのだ。
1日3度の食事くらいはすることが欲しい。

どこまでいっても、マインドは忙しい。しょうがない奴だな、と頭をくしゃっとしたくなる。

この「からだを薬に委ねる」期の間、徐々に痛みがノーマル級に収まってくると、代わりに勢いを増したのがこの「マインド」。

食べ物、本、音楽、仕事など何かすることをずっと探していることに気づいて、こんなことしなくていいのに、と思った。
術後「惚けてすごす」のを楽しみにしてたのだ、わたしは。
これじゃ、ぜんぜん「惚け」られてないじゃないか、と。

まだ痛みマックス級のときは、ぼーっとしながらもイタイなぁって感じてた。その時の方が、マインドは落ち着いてたなぁって。
からだに意識を向けると、患部以外の体全体が、暖かく、細かく振動しているように感じられた。
それがとても安らかな感覚で、わたしはこうしていたかったんだと思った。

その手伝いをするために、少しだけからだを動かし始めた。
足をマッサージしたり、アーユルヴェーダの10の動き(ダシャチャリヤ)で関節をほぐしたり。
病中病後でも、これならできると教わったことは、やってみるに限る。

数日後、薬が効きすぎたり、また副作用もあって、病院に電話。すると、しばらく薬を休んでいいと言われた。
ここから、徐々に自分の意思でからだと関わる「わたしがからだと関わる」期へ。

クリパルヨガでは、ステージ3(委ねる)からステージ1(土台を作る、意思を持つ)へ自然なサイクルを繰り返すとする。

薬をやめていい、と言われたら、俄然やる気が出たのは本当に不思議。

1、無理にたべなくていい(⇦ここではやった!と思えた。多分よほど、体がしんどかったんだろう)

2、Kripalu Centerのターメリックについてのtweetを目にする。
4月の特別クラスの参考にと、メモを書き始めたら、術後のわたしにぴったりじゃない?!
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面白くなってきて、この日はターメリックdayにした。

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おやつに「Golden Milk」 黄金色はターメリックの色。

3、薬を休んでいいってことは、経過順調ってことよね、→ ヨガしてみるかと、ヨガ再開。
痛くないように、負担をかけないようにするには「ゆっくり動いて様子を見ること」。散々習ってきて、生徒さんにも伝えてきたけど、自分でやってみると、確かに、シンプルだけど、これに尽きるな、と実感

4、薄々気づいてたけど、患部以外のからだは元気なハズ。
動かせるところを動かして、痛いところ(ダメなところ)だけじゃなく、痛くないところ(ステキなところ)に注意を広げると、体が喜ぶ。
イタイところ=わたし と限定してしまいがちだけど、それ以外の全部が「わたし」だと意識を広げると、からだも心も、楽になる。

-----------まとめ----------

別に手術を受けなくたって、心やからだに、「不快なところ」や「嫌なこと」がある人はたくさん、たくさんいるだろうと思う。
私たちは、完璧にはなりえない。
そして、それでよい。

イタイところが痛すぎて、目も当てられない時は、感じないようにしたり、他のなにかに委ねることもOK。

だけど、何にでもピークがあって、それを過ぎれば和らいでくる。そしたら、感じるのは、とてもいい。なぜなら、それがイタイところやそれ以外のところとコミュニケーションするってことだから。感じるのは、会話するようなもの。

そして、イタイところを内包しながら、それ以外の自分のパーツにも意識を向けて、わたし=イタイ じゃなくて、もっと全体的なわたしになれると、調和が生まれる。

わたしはヨガやアーユルヴェーダが好きだけど、自分の好きなやり方や、興味のある方法でいいのだと思う。
自分の意思を持って、からだや心と関われると、治癒や癒しのプロセスに居やすくなる。
自分以外の誰かや何かに委ねている時には湧いてこない、生きる力、プラーナが湧いてくる、そんな気がした。

Posted by 三浦まきこ
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