山梨県でのクリパルヨガのクラスやワークショップについて。自然育児や料理などのコラムも。
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Posted by 三浦まきこ
 
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花粉症と、心と体
花粉症の症状が出て、感じたことがふたつある。

まず、体のこと。

「異物」に対して反応する強さには、波があり、大バトルをへて、終息へ向かうという、自然の摂理が脈々と働いているのを見せつけてくれる。

今回の場合、軽いくしゃみからはじまって、止まることのないくしゃみ、鼻水、のどと目のかゆみ、発熱、頭痛へとあっという間に症状が重くなり、二日目は最悪。
子どもといるのに、目も開けられない、口も聞けない状態・・・しかし、子どもももうすぐ3歳、様子がわかるのか、だんだん静かになって、ふたりで早寝した。

どうなることか、と思ったけれど、この最悪の状況は、ずーっとは続かず。
翌日、鼻は徐々にとまり、くしゃみの回数は減る。そして、ひどい頭痛と微熱が残る第二段階へ。。。

病気は体が回復へ向かうプロセスだ、とは、ナイチンゲールの言葉だが、体内の大バトルは、あって然りなのだろう。ちょっと不快になると、薬を飲んでひどくならないようにしていた、過去の自分を思い出す。時と場合によるが、思いっきり不調でいられるなら、そのどん底を味わった方が、回復に近いような気がした。

そして、もうひとつは、心のこと。

私は、花粉症と聞くと、思い出す人がいる。
15-6年前、大好きだった人で、その恋はみごとに壊れ、私の落ち込みようは普通ではなかった。
社会生活が営めなくなり、復活するのに何年もかかった。

ヨガを始めたのも、その頃だ。

重い頭を抱えて、浅い呼吸で横になっていたら、その頃のことをおもいだした。
あの頃、あの時、花粉症だった彼はこんな状態だったのかな~と・・・
それから、ずっと記憶の底にあって、普通は思い出しもしなかったことを次々思い出した。

見ないように、して来たのかもしれない。

これに向き合うほど、私は安全ではなかったから。

ヴィパッサナーでこの頃のことを思い出しても、こんなに感情的なことは、出て来なかった。
もう終わったこと、と、自我が言っていたのかもしれない。

でも未消化の、目を背け続けていた感情が、まだそこにはあった。

今ならあの時の気持ちを十分味わっても、私は大丈夫。

思い切って、思いっきりその思いに触れて、いっぱい泣いた。
何の意味もない、ばかみたいな時間だけど、私自身のために必要なことのように思えた。
そうしたら、この頭痛ももしかしたら、消えるんじゃないか・・・そんな風にも思った。(←打算的・・・)

今朝起きてからしばらく経つが、頭痛は、昨日に比べたら比較にならないくらい軽くなっている。
よく寝たからか、昨晩の心理的な出来事の影響か、本当の所はわからない。

でも、心の方も、体と一緒。
状況によって、そうしても安全だと感じる時には、どん底の感情を受け止め、味わうこと。
そこから、本当の癒しがはじまるんじゃないか。

何年かかったっていい。
そのとき、時間はその意味を持たなくなるから。
人生が癒しの旅にみえるよ。

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Posted by 三浦まきこ
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