クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
「一緒でも、ひとりになれる」
いつ頃からか、寝る前にジャーナルを書くのが習慣になっている。

最近は、マインドが叫んでいることを言葉にして書いたあと、身体、マインド、感情に起きてることを書き出すことが多い。自分にエネルギーを向けると、ある程度落ち着くから不思議だ。

その後、日によって、「Goals for tomorrow」明日へのゴールを書き出す。
翌日をどう過ごしたいか、どうありたいか書くのだ。

昨日、ジャーナルを書いたのはすでに夜11じ頃。土曜ということもあり、4歳の息子はやっと寝付いたところ。朝から晩まで、しゃべりっぱなしで、静けさとはほど遠い一日だった。
明日どうしたいだろうと自分に問いかけたら、最初に返って来たのは「ひとりになりたい」だった。

無理だろうなーともちろん思った・・・が・・・言葉にして書き残した。

そして今日。

自分の本心を覚えていたから、だろうか。
皿を洗う時、水の冷たさやお湯の温かさ、陶器の触感を感じながら洗ってみた。
洗濯物を干す時、数分は1人になれるんだなって改めて気がついた。子どもが4歳まで育ってくれたおかげだ。
濡れた衣類の感覚、風の冷たさを感じる。自分の呼吸を感じる。

車を運転しても、散歩していても、自分の身体の感覚や感情に注意を向けることはできる。そうできることさえ、覚えていられれば。

その間は、「私はわたし、ひとりの世界」に居るように感じた。
実際、感覚や感情は、どんなに望んでも、他者と完璧に分け合うことはできない、個人的なものだ。眠りも。
私が長く眠る必要があるのは、寝ているときは「ひとり」になれるからかもしれない。
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子ども達の声や存在は、私たち母親の意識をとてもパワフルに鷲掴みにする。
そのことにすら、「気づいている」意識を保てる瞬間があると、私は、子どもと一緒にいても、私で居られる。

子どもを持ってからずっと、探求し続けて来たことだ。

そんな折、twitterで、スナフキンの言葉を見た。
「彼ら(ムーミンたち)とくらしていると、一緒でもひとりになれるんだ。(中略)ムーミンたちは、ぼくのこと、ひとりにしておいてくれたんだ」

子どもの頃、私の理想の男性のアイコンはスナフキンだった。

子どもの頃からずっと、「一緒でもひとりになれる」関係性に憧れ、実現するための手段を探し続けて来たのかもしれない。ヨガの世界で私が実現したいことも、同じようなことなのかもしれない。

一緒であることが、まず成り立たないといけない。

その上で、「ひとりになれる」自由さって、やっぱり私にとっては、一番居心地がいいんだろう。


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Posted by 三浦まきこ
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