クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
新月の号泣
昨日の晩のことだ。
新月は、翌朝の明け方というタイミングだった。

突然、5歳の息子が、ぐずりだした。
『お手伝いする!』なんてノリノリだったのに、急に。
なんだよ、もう。 イライラするなぁなんて思いながら、洗い物を終えたとき、キッチンに息子が来た。

顔はもう、ぐちゃぐちゃになってる。
涙、鼻水、よだれ、ミックスの状態。

「いったいなんなの?」と聞くと、

「お母さん、アメリカに行く時、飛行機に乗ったら、飛行機が落ちたら、お母さん死んじゃう・・・号泣」

ああ、夕方みたニュースの飛行機事故から連想したんだろうな、と思った。
亡くなった方や怪我をされた方のことを思うと、気の毒だね、と話し合ってた時はなんでもなかったのに、後から、クルらしい。

去年、夫に人には『死』があることを教えられて、寝る前に毎晩泣いていた時期があった。

それからほぼ一年経ってるし、抱きしめてこう話した。

「アメリカに行くかどうかはまだ分からないよ。飛行機が落ちるかどうかも、誰にも分からない。明日何があるか、誰にも分からない。」うなずく息子。(分かってるんだ・・・じゃ、続けよう)
「でも、今、お母さんは生きてて、やっちゃんを抱っこしてて、ずっと一緒にいたいと想ってるよ。」更にうなずく息子。
「だから、今を大切にしよう。ね?先のことは分からないんだから、やっちゃんが心配して元気がなくなったら、お母さんも心配になっちゃうよ」徐々に泣き止む息子。

その後ふたりで、夜道を散歩に出掛けた。
息子はすっかり元気になって、さっき泣いたカラスはどこいった?ってくらい、立ち直りが早かった。

去年は、言葉を聞く余裕もなくパニックになってたから、成長したんだなぁと思う一方で、自分の言葉が自分に向かって言われてるような気もして、『私だってそうだよな』と思いはじめた。

最近、ストレスのほとんどすべては人間関係から来るねと、夫とも話していた。
それが重なると、まるでそのストレスを抱えてる状態が『私』のように思えてくる。

しかし、人間関係だって未知だ。
自分のことだって、充分分かってると言えるだろうか。
他人なら、なおのこと、妄想や憶測が入っていると考えるのが無難だろう。

ベストは尽くすけど、うまく行かなかったり、手に負えないことだって、沢山あるのが現実。

そんな時に、ぐるぐる妄想を膨らませて感情に踊らされているだけじゃなくて、それはそれとして、特に変えようとしないで(まあ、変えられないからなんだけど)、自分自身は安らかでいるように意識を変えることも出来るんだよなぁって思った。

「生きてる」という土台の上に、喜びも悲しみも怒りも不安も、ストレスもあるのだから。
生きてるってことは、ゆらぎがない現実。そのことに、もっと注意を向けよう。
そこでなら、どんな時でも安らかで居ることが出来そうだなって思った。
私の命を思って、あそこまで取り乱す子どもと、子どもに話す時に自分から出て来た言葉に、教えてもらった。

これがそのまま、探していた「七夕の願い」になった。

明けて今日、猛暑に豪雨、気がめいりそうな環境下だったが、人との関わり合いはとても豊かだった。
さらに、思わぬプレゼントをもらってワクワクしている。
hollybasil
雨に濡れるスィートバジルとホーリーバジル。ホーリーの方は、噛むとミントみたいな味がする。1日5枚で医者いらず、苗の半径10m(だったっけ?)を浄化するとも言われてるらしい。私がほしがっているのを覚えていてくれたことが何より、嬉しい。

嵐がさって、風が涼しい。
気持ちもスッキリしてきた。バイバイ新月。ありがとう。

もうすぐ夫も帰ってくる。
スポンサーサイト
Posted by 三浦まきこ
comment:0   trackback:0
[Relationship夫と子供との暮らし
comment
comment posting














 

trackback URL
http://kripalushiotsu.blog92.fc2.com/tb.php/385-83b7b06e
trackback