クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
ヨガセラピーと「ごめんね」の関係
息子(5歳)とふたりで夕食をとろうとしたときのこと。

いきなり「ばちゃん!!!!」と大きな音が・・・さっき置いたばかりのみそ汁がひっくり返ってる。

豆腐が飛び散り、わかめは散乱。スープは全部お盆とテーブルに広がってます。

「なんでこういうことになるの?」
「せっかく作ったのに、もったいないじゃない。食べなさい」

はっきりとイライラして、言うわたし。

息子は固まって、無言で豆腐を拾って、食べてました。

お互い黙ったまま、夕食は終わり、片付け。居心地の悪い空気。「どうして、あやまらないの?」と聞いてみた。
「悪いと思ってないからなの?」・・・シーーーン。無言。

自分の領域を守る健全なボーダー(境界線)とコミュニケーションを阻害する壁との違いをセラピーで体験的に習うのだけれど、無言って、最も厚い壁(障壁)なのかもしれない。さらにこんなに簡単に、子どもでも作れちゃう壁なんだって思った。

洗い物をしながら、何か怒られそうなことが起きた時に黙る息子と、セラピーでの自分の体験が重なる。

謝ると、もっと立場が悪くなるように思い込んでるんだよなぁ。
更に、シリアスに謝るのを居心地悪く感じるんだよなぁ。この子も、たぶん。って。

約1週間前にセラピーのデモでコブラをホールドして、自分の腰と対話したとき、「ちゃんとケアしてよ、注意向けてよ」って怒ってる腰に、「ごめんなさい」って心から謝りたくて、謝った。そうしたら、腰はもう、大して怒ってないって反応に変わり、わたし自身は謝ることで、何とも言えない安堵感を感じた。許してもらえるとか、もらえないとかじゃなく、ただ、謝ることで、もやもやや居心地悪さが消えたのだ。

わたしはセラピーで感じたことを、大切にしたい。謝ることの倫理的な意味じゃなく、本気でやれば、気持ちいいよって子どもにも伝えたいのだ。

だから、居心地悪いからまぁいいか、なかったことに・・・するのはやめて、意を決し、向かい合うことにした。

洗いものをしながら、一定の距離を保って話しかけてみる。
「悪いことをしたなって思ってないの?」(首を振る息子)
「怒られるのがいやだから謝れないの?」(無反応)
「話もしてくれないと、近づけないよ」「お母さんは、ちゃんと話すまでなかったことにしないよ」
そっぽを向く息子に、間を置いて、ポツポツと伝えてみた。

「ごめんね」
が出るまで、40分。粘ったねー。

そこから、何が起こったのか、お互いどう感じたのか、これからどうしたら同じことが起こらないようにできるか、5歳の子どもの言葉で良いから、自分の言葉でちゃんと話すまで、見つめあって。逃がさない・・・笑ってごまかさない。いやな母親かなーとふとよぎったけど、いつもじゃないからね。知らないふりばっかりするのはいやだったからね。

最後に、「話してくれてありがとう。明日もみそ汁食べようね。今度はスープまで全部のもうね」ってハグしたら、息子の涙がわたしの肩や腕を流れてた。あーすっきりした、ってお互いいつも通りに戻った。

家族だから、まぁいちいち言わなくてもいいや、って思う時もたくさんある。
でもそれが続いて、本当に起きてることを言えなくなるのが、割と「普通」なんじゃないかとも思う。

わたしは、今の家族と一緒に、ちょっとした実験をしてるように感じる。
時々でいいから、ここは!って直感で思うとき、逃げないでちゃんと向かい合ってみたい。

最初に話したボーダーが、人との間にあるのを尊重する気持ちも大切だと思うから、誰にでもこの手の居心地の悪いことを明らかにしようと持ちかけるわけではない。

ぜったいこの人とは離れられないという、強い結びつきがあるからこそ、お互い、時には真剣に謝りながら、信頼しあえる関係性を育てて、家族で居続けたいなぁと思うのだ。

今回の名古屋ヨガセラピーでは、他にもいろんな体験をしました。
これからも、生活の場で、こうやって繋がって出てくるんだろうなあ。

東京Yoga of Lifeでも、この夏ヨガセラピーの入門、集中コースが予定されています。
興味がわいたら、ぜひ受けてみてください☆
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Posted by 三浦まきこ
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