クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
Inside-out
昨日は、息子の幼稚園の運動会でした。

彼は満三歳児から幼稚園に通い始めて、今年で3年目。
それでも、運動会に出るのは初めてです。(1年目は熱を出し、二年目は家族揃ってアメリカへ行っていて)

わたしにとっても、はじめての「親」として参加する運動会。
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このところブログにも書いている通り、9月はほどんど、寝たり起きたりの生活で、10月初めに病院での治療が終わったばかり。
このタイミングで、夫は渡米。
生活全般においても、ヨガスタジオYOLの仕事においても、子どもの母としても、急に「シャバ」に戻らなくてはならない状況になりました(笑)

いままで温室、隔離室、繭の中に居る、みたいなイメージで、一般社会から離れて、とにかく心身に負担をかけないところで、そっと暮らしていたから、この「外へ出て行くタイミング」では、それまでスルーしてきた自分の細かい反応が、非常に受け止めやすくはっきりと分かります。

そして、これはなかなか、わたしにとっては、変革の可能性を秘めたトランジッションになり得る・・・と思い始めています。

私は、他者と関わるとき、基本的に「相手にあわせなくてはいけない」と思っていることに、改めて気づきました。
ヨガすると分かるけれど、とても微細な部分まで、そのイメージが染み付いていたみたい。

それは、まるで小学生の時に学校の先生に言われたのと同じ印象で、「他者から強制されている」ように感じてるよう。だから、すごく深い部分で、そのことに対して、強い反発や憤りがあって、それを握りしめて、ものすごく緊張している自分が居る。

夜、ベッドの中で眠ろうとすると、体の芯まで固くしている自分に気づいたのですねぇ・・・。

そして、まぎれもなく、今ソレを自分に無意識に課しているのは、言ってみれば私自身で、今の私は、別の関わりかたを現実化することが出来る、とは、分かってはいるけれど・・・

「具体的に、どうしたいのかなぁ」と思いながら、ちょっと無理して母として参加した昨日の運動会で、何となく、輪郭が掴めてきました。

大勢の子ども達、それをまとめる先生、それぞれの保護者、こんな大勢の中に入って、一員となって過ごすという大仕事を、たった5歳で、息子は毎日やってきている。こりゃ、すごい!と思いました。
ものすごく、気を使いながら、バランスを維持するためにエネルギーを使っているだろうねって。
だから家では、ああして感情をあらわにしたり、ふざけたり、すねたり怒ったり、そのままで居られる安心感が必要だったんだねって。すごくよく、理解できた。

一方、私はこのひと月、自分のことに精一杯で、子どもが「見て」とか、「聞いて」とか言って、注意を自分に集めようとすると、エネルギーをとられてはなるものか!!ぐらいの必死さで、とにかく自分を先に守ろうとしてきたように思う。衣食住の最低限のことを整えるのでギリギリで、きっと不安な思いをさせていたんだなって、申し訳なく思った。

子どもの置かれている毎日の生活を理解して、あなたはとても、一生懸命生きてるんだよねって思えたら、ひとつ奥の心の扉が開けたように思います。

冒頭の、「他人にあわせることを強要される」という感覚は、子どもを育てている間、私には、ついて回る思いだったと言えるでしょう。そして、どうしたらいいのか、わからなかった。

昨日、運動会が終わった晩、私は、急に動いたからか、微熱が出始めて、かなりしんどくなりました。
いつもなら子どもの相手は勘弁して〜って思うような状態・・・でも、心から、「今日はよくがんばったね」「今まで練習大変だったんだね」「一緒にいよう」って、子どもと一緒に居て、私も、安心していられた。
こういう風に居ることも出来るんだなぁって、嬉しくなりました。

夕飯は手抜きになっても、母と子が共に安心して、寄り添っていられるほうがずっといい。
「こうしなきゃいけない」「普通はこうすべきなんだ」ってことの、限界を見て、その向こうにある、とてもやさしくおおらかな、可能性がみえて。

1人で篭っていた「幸せで、満たされていて、安心できる場所」を、自分の外の世界に、広げていくってこういう感じかなと、うまく言えないけれど、小さな変革が起きたような瞬間だったのです。


最近、毎日の瞑想に「メッタ」Loving Kindness meditationと呼ばれる瞑想を、必ず付け加えるようにしています。
「幸せで、満たされていて、安心していられる」ことを、自分に、身近な家族や友人に、遠い存在や自分とは違うと感じる人にも、祈る瞑想です。

まだおぼろげなのだけど、非常に内的にしか実現しえないと思っていた世界が、実は人と共有することも出来、言動として外へ広げて行く方法もあるではないかと、思い始めています。ヨガをしている時に限らず、普通の生活の中で、ね。

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Posted by 三浦まきこ
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