クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
「おもいっきり」
水泳絡みの連投ですが・・・

なにかを「おもいっきり」やることってありますか?

泳いでいても、体の伸びを感じたり、余分に力んでいるところがあったら和らげたり、水の中で、呼吸を長く止めたりずっと吐き続けたり変えてみて、慌てて泳いでいないか、周りに意識を向けているか心の状態に注意を向けたり・・・

とにかく、様子を見ながら泳いでいるなぁ、と気がついて。
これって、水の外での自分のあり方や、やっていることと、同じじゃないか、と思ったわけです。
FullSizeRender のコピー 4
(写真は今年行った伊豆白浜。もちろん、子どもの様子を見ながら泳いでました(笑)

そこで、試しに「おもいっきり」やってみることにしました。

誰にも迷惑(水しぶきなど)がかからないであろうタイミングを見つけて、とにかく速く手足を動かして、90%くらいの気持ちで一気に!泳ぐ!

体中を目一杯動かす!
速く!
力強く!

と・・・なんでしょう、このすっきり感は・・・!
スポーツが青少年に勧められるのは、このためだったんだと、体験しました。
頭の中も、体も、「だってー」なんて言い訳している部分がなくて、みんな一斉にYES!って言ってるみたいに感じました。

「思いっきり」のあとゆっくり歩く、を3回ほど繰り返したときに思いました。
こんなに安全に誰にも迷惑をかけないで、自分の力を最大に発揮できる場って、そうはない。
なんて健やかで平和なエネルギー発散だろうって。

人は誰でも、他者との関わりの中で生きているから、大人になるにつれて、自分の力を思いっきり発揮するよりは、周りの状況をみて、立場や役割、必要に応じて対応することが増えてくる。

ヨガ指導していても、あくまでもヨガをしている生徒の体験が豊かになるようサポートする為にいるわけだから、自分の好きなようにガンガン進めていくわけじゃない。

ヨガの練習している時も、自然と近づいたり、深めたり、保っているエッジは、じわっとゆっくり感覚を観るタイプのものが多くて、エネルギーを大きく動かすようなエッジには行っていないんだよなぁ。

十分にゆっくり泳いでウォームアップしたあとだったから良かったんだろうとは思うけれど、なんというか、肉体を思いっきり動かした後の、あの体中の開放感と安心感の共存体験は、新しいって思ったんです。

自分の体をどこかで信頼しきれていないところがあったようにも思います。様子を見てあげないといけない、というような。


心理的に、子どもの頃から、勝ち負けのある物事が苦手で、多分、勝負を介して人と付き合うことに不安があって、スポーツには消極的でした。小学生のとき50m走で、「思いっ切り走れ!」って先生に怒鳴られてたのを思い出します。いつのまにか、体にも「そこそこ」以上の力を発揮させないようになっていて、それはもしかしたら、おもいっきりやって負けたときに言い訳がきかないと無意識に思ってセーブしてたのかもしれません。

何のかんのいっても、体には、自分のマインドを超える可能性があるんだなぁと今は思えます。

そう感じて、心身スッキリ、意気揚々と一日を過ごした最後に、子どもと夫が最近はまっていた「おはじき」に混ざりました。
12248079_10208080672325114_5878621955199694771_o.jpg

慣れてない私は、もちろん下手でしたが、3回戦くらいからペースをつかんで、4回戦終わる頃には、なんと、めちゃ勝ちしてしまいました。

そしたら、息子が「口惜しい」って・・・・え?まさか「おはじき」で号泣?!って感じですが、

自分が勝つと相手に悔しがられて居心地悪い、だったら勝負自体しない方がいいっていう思考回路は今でもきっかけさえあれば、同じように働きます。こういう気持ちになるから、勝負事は嫌だ、だから思いっきりやらなくなってたんだよなって気持ちが、最後に蘇ってきました。

立場や役割、状況に合わせる時に、何を基準に判断するかが大切なんでしょうね。
他者を基準にせず、自分の思い、体の感覚、直感を基にして、結果はどうあれ、きちんと責任が取れる人間でいたいと思います。

そのためにも、もっと体を開発すること!
自力の可能性を限定しないで、遊びながら、自己探求したいものです。
スポンサーサイト
Posted by 三浦まきこ
comment:0   trackback:0
[Diary暮らしのしおり
comment
comment posting














 

trackback URL
http://kripalushiotsu.blog92.fc2.com/tb.php/472-9b6d5f4f
trackback