クリパルヨガ教師、三浦まきこのブログです。日日の暮らし、子供との関わりや料理など。好きなことを好きなように綴ります。
新月の記録
この金曜は、ふたご座の新月。

金曜が新月/満月と重なるのは久々。
週に一度、KJでのクラスでも、久々に「クリパルヨガの月礼拝をやる」という名目の日なので楽しみにしていた。
Full-Moon-.jpg

当日は、雨。
普段10名程度はいる生徒が、この日は4人だった。

クラスを終えたあと、山梨から出て行って、4人かぁ、と往復4時間かかることと、天秤に掛けるような気持ちになった。
そして、心のなかに、自分の人としての価値のようなものが、クラスに集まる生徒の数と重なってみえるような不安が残った。

私は毎クラス、必ず録音するようにしている。
だから、この日のクラスの録音を聴きながら、昨日ヨガをした。

雨の音が、一緒に入っていた。ポツポツと、音がする。
月礼拝を練習するために自分が用意したウォームアップをするうち、だんだん心身が和らいできた。

この日初めて、月礼拝をすると話していた生徒のことや、クラスの様子を思い出した。

次はこうしたほうがいいな、と思う点もあった。これがある時は、自分が成長期にいる、と感じる。

その後、月礼拝を3回繰り返した。

この日、ティーチングしている最中に自分のなかに湧いてきたフィーリングから口にした言葉を、改めて聞いた。

「月礼拝で、体を動かして、色々な形に変化してきた、その中にある自分自身に注意を向けて」

これだけ、文字で読んでも何のことかわからないかもしれないが、私は生徒としてヨガをしていて、この言葉が沁みた。
いい時もあれば、残念な時もある。いろんなときがあるけれど、その中にちゃんと「自分」がいる、という感覚とつながった。

こういうスタンスで月礼拝を感じて、生徒に伝えたのは初めてだった。
これがリアルなのか、そうでないのか、ティーチングしているときは確信がなかったけれど、実際体を動かしてみて、うん、確かにそう感じる、そう思えたら、このクラスは悪くない、と思えた。

ヨガティーチングを、エゴを増幅させる方向に使いたくないと、私はいつも願っている。
でも、つい、「集客数=自分の価値」と重ねてしまうことがある。

実際集客できないと、クラスも実施できないから、難しいところだ。

でも、人気を集めたいとおもったら、ヨガテイーチングで私が求めている質から外れていく。

できたら私は、ただ職人のように、純粋に良いものを作りたい。
だから毎クラス録音して、過剰に良いとか悪いとか思い込まず、現実的にできることやしたいことを確認するようにしている。

いつも、ティーチングの一番の目的は、受け取る側の体験だと思う。
生徒が集中して、そこにいて、自分とはなんなのか、本質に近づけるようサポートすることだ。
だから、やりっぱなしでは、ダメなのだ。

録音を聴きながらのヨガの後、日課のジャーナリングをした。
もう、自分の存在を不安に感じるあのフィーリングは、消えていた。

「ヨガは、実践あるのみ。」
そう伝えられるのは、本当にそうだからなんだと思う。

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Posted by 三浦まきこ
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